何かもう本当、嫌になる。
ちーくんがどうやらわたしを探してるらしいということに始まり、その直後アカネちゃんによって命を狙われた静雄さん。(この言い方が正確かはわからないけど)
それだってその場限りで終わるものじゃなかったし、話を聞いてみれば、やっぱりというか何というか、臨也さんによる画策で。
…それに加えてバッグまで忘れちゃうんだから、本当、嫌になってしまう。


「…すいません、新羅さん」

「あれ、美尋ちゃん?おかえり」

「バッグ忘れました…」


数分前に出た新羅さん宅のドアをもう一度開き、昨日からの出来事を思い出しながら声をかけた。
静雄さんは臨也さんを殺しに行ったし(何とも物騒な一日の予定だ)、トムさんは仕事に行く前に一度家に帰るという。
じゃあとりあえず、わたしも家に帰ろうか――と、歩き出してすぐに気付いた持ち物すべての不在に、本格的に泣きたくなった5月4日の午前のこと。


「…静雄、あのあと大丈夫だった?」

「大丈夫と言っていいのか…」


俺が今日、人を殺して逮捕とかされたら。
最後に静雄さんが言っていた言葉をアカネちゃんや杏里ちゃんに聞こえないよう、新羅さんの元に寄って囁けば、彼は苦笑しながら「そっか」と言った。


「ま、大丈夫でしょ。血の気が多すぎる奴ではあるけど、臨也のことばっかりに頭がいって美尋ちゃんのことを忘れるような人間じゃないし」

「そうだといいんですけど…」

「少なくとも最近の静雄はそうだから、大丈夫だよ」


トムさんも新羅さんと同じようなことを言っていたけど、本当かな。
あの場で冗談なんて言えるわけがないだろうということを考えると、わたしには不安しかないのだけど。

そんな陰鬱な気持ちが蠢くのを感じながら、アカネちゃんに目を向ける。
…とりあえず、元気になってくれてよかった。
この子がきっかけで今のわたしの陰鬱な気持ちがあるとしても、あくまで元凶は臨也さんであり、アカネちゃんには何の罪もないわけだしね。


「まあ今帰ってひとりでいるのもあれだろうし、ご飯でも食べていきなよ」

「あ、はい…」


ね、と新羅さんに笑顔を向けられて、少しだけ心が落ち着くのを感じた。
不安な気持ちを抱えたままひとりで過ごすよりは全然いいし、断る理由も存在しない。


「じゃあ、朝ご飯でも作りますか」

「うん、お願い。僕はちょっと仕事の確認をしてくるから」

「はーい」


女の子3人の方が色々とやりやすいだろうしね。
部屋を出る瞬間わたしにそう囁いた新羅さんは、にこりと笑って扉の外に消える。

うーん、ご飯か。
正直そこまで食欲はないけれど、少なくともアカネちゃんは昨日の昼過ぎから何も食べてないわけだし、風邪がぶり返すのを防ぐために薬を飲むことも考えると、やっぱりしっかり栄養をつけてほしい。


「アカネちゃん」

「なに…?」


数十分前と同じように、目線の高さを合わせて声をかける。
一瞬びくりとしたみたいだけど、普通に返答してくれたところを見ると、警戒心もだいぶ解けたらしい。


「これからご飯作るけど、食べたいもの何かある?」

「……………」

「何でもいいよ。好きなもの言ってみて?」


言いながら笑いかければ、真剣な様子で考え始めるアカネちゃん。
ふふ、かわいいなあ。…なんて、さっきの今で考えることじゃないかもしれないけど、本当に癒される。


「…イス、」

「え?」

「オム、ライス」


オムライス。
その口から聞こえてきた小さな声に、わたしの口元も自然と弧を描く。


「よしっ、じゃあオムライス食べよっか。お姉ちゃん頑張って作るからねっ」


とは言ったものの、朝からオムライスというのはいささか重いのではないか。
そんなことを思いながら振り返り、


「杏里ちゃんも、オムライスで大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です」

「よし、じゃあオムライスに決定!」


女の子たちの中ではわたしが一番年上なんだから、しっかりしないと。
くよくよしてばっかりじゃいけないと自分を奮い立たせ、アカネちゃんの頭を一撫でした。



******



「新羅さん、爪楊枝と紙ありますか?」

「爪楊枝と紙?」

「アカネちゃんに元気になってもらえたらいいなあって。お子様ランチ的なものを作りたいんです」


オムライスの上にさす旗を、作ろうと思うんですけど。
パソコンに向かっていた新羅さんに言えば、「ああ」と納得したように微笑んだ。


「紙はコピー用紙を使うとして…爪楊枝だったら食器棚の一番下に入ってるよ。あとは…ペンも必要だよね?」

「あ、そうですね」

「はい、これで足りるかな?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


紙とペンを受け取り、軽く頭を下げる。
…あ、そうだ。


「あの…びっくりさせたいですし、アカネちゃんも汗かいてると思うので、旗とご飯作ってる間にお風呂に入ってきてもらいたいんですけど…いいですか?」

「うん、いいよ。でも何かあったらいけないから、杏里ちゃんと一緒に入ってもらうようにしてくれる?」

「はい、じゃあ伝えてきます」


もう一度頭を下げ、新羅さんの元を後にする。
ふふ、お子様ランチ喜んでくれるといいな、アカネちゃん。

そんなことを思い、杏里ちゃんとアカネちゃんのところに向かったわたしは。


「…案外、しっかりしてるんだよなあ」


いや、しっかりしてきたのかもしれない。
新羅さんがそんなことを呟いてたなんて、知る由もない。


 



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