「あ、目を覚ましました!」
どこかから聞こえてきた、杏里ちゃんのそんな声に目が覚めた。
でもこの部屋で言ってるわけではないってことは…あ、もしかしてあの子が起きたのかな。
そう思いながら時計に目をやれば午前6時、杏里ちゃんもあの少女もずいぶんと早いお目覚めだったらしい。
「…あれ?」
ほあ、とあくびをしながら少女にあてがわれていた部屋の扉を開けば、先ほどの声の主である杏里ちゃん、器具らしきものを手にした新羅さん、困ったように少女を見つめるトムさん。
そして、静雄さんが立っていた。
「…はやいですね」
「ああ、おはよ」
「おはよございます…」
「髪ぼさついてんぞ」
「あああ、すいません…ありがとうございます」
もしかして、あまり眠れなかったのだろうか。
髪の毛を整えてくれる静雄さんの手に心地よさを感じながら、目が覚めたという少女がいるベッドに目を向けたんだけど――…あれ、いない。
そう思いながら部屋を見渡せば、なんてことはない。
けれど、病人がいるにはどうにも不可思議な場所――部屋の隅で、カタカタと震えながら、静雄さんを見ていた。
「…どうしたんですか?」
「わかんねえ。俺が来たらこのざまだ」
「うううん…」
何だかおびえているように見えるから、きっとあの震えは熱によるものじゃないんだろうけど…一体どうしたものか。
「……俺は何も話さない方がいいのか?」
「静雄が何か言っても刺激するだけだと思うから、黙ってた方がいいと思うね、うん」
少女を見ながら新羅さんに問いかけた静雄さんは、困ったような表情を浮かべてため息をひとつ。
そしてその少女の方にもう一度視線をうつせば、ちょうど新羅さんが少女に手を差し伸べているところだった。
「大丈夫かい?顔色は良くなったけど、とりあえず熱を測ろう」
「怖がらなくても大丈夫だよ、痛いことしないからねー」
少女を安心させるべくそう言うも、その子は依然として静雄さんを強く睨みつけたまま。
そしてその瞳には、どこか悔しさに似たものを宿らせて。
「わたしも、殺すの?」
少女が初めて口にした言葉は、その高くてかわいらしい声には似つかわないほどに。
どこまでも、物騒な一言だった。
「……『も』、ってなんだ、『も』って」
眉を顰めながら言った静雄さんに、新羅さんは黙って首を振る。
ちょ、何ですかその反応。
「やっぱり、君はいつの間にかこの子の大事な人を…」
「……手前を俺の殺人履歴の第一号にしてやろうか…?」
「新羅さんやめてくださいよッ。でも静雄さんも落ち着いてください、今そんなこと言っちゃ逆効果です」
「子供の前だ、あとにしとけ」
わわ、まずいこれは本格的にキレるかもしれない。
わたしのそんな思いと同じものを感じたのか、背後からなだめるトムさん。一瞬で静雄さんを落ち着かせるなんて流石です。
「うん、熱はだいぶ下がったね」
依然として警戒している様子の少女の額に軽く手を当て、穏やかな表情で新羅さんが言う。
一瞬とはいえ、こっちは新羅さんのせいで殺伐としたのに…と思いながらも、普段の新羅さんからは想像もできないほどの穏やか過ぎる、誠実過ぎる笑みに、何も言えなくなってしまう。
「…お兄ちゃん、誰?へいわじましずおの仲間?」
「ただの腐れ縁だよ。安心して、あいつには君に手出しさせないから。だけど、そのためには君にも話してほしいことがあるんだ」
優しい街のお医者さん、といったところだろうか。
普段から優しい新羅さんだけど、ここまでさわやかなのは初めて見た…と、なぜだかそこはかとない薄気味悪さを感じていると、
「……っ」
すぐ隣から聞こえてきた声に目を向ければ、ひきつった顔で新羅さんを眺める静雄さん。
静雄さん、わたしも同じ気持ちです。