「ふう」


一時はどうなることかと思ったけど、とりあえずは落ち着いたかな。
少女を客間に運び、汗拭きやら着替えやらもろもろ新羅さんのお手伝いをしたわたしは、一足先に部屋を出て息を吐いた。


「お疲れ」

「あ、静雄さんもお疲れ様です」

「新羅は?」

「まだ女の子を診てます。ちょっとうなされてるからって」

「そっか」


ありがとな。
言いながらわたしの頭を撫でる、静雄さんの手がくすぐったい。


「んじゃ戻るか」

「はい」


リビングに向かえば、わずかに疲労したような表情のトムさんが「お疲れさん」と苦笑した。
本当、お疲れ様です。


「はー…」


ちょうどわたしたちがソファに腰かけた時、少女の元から新羅さんが戻ってきた。
ひと段落、と言ったところだろうか。


「もう大丈夫なのか?」

「うん、ぐっすり寝てるよ。手伝わせてごめんね美尋ちゃん」

「いえいえ、全然ですよー」


とりあえずは落ち着いて良かったです。
ひらひらと手を振りながら言えば、新羅さんがため息を吐いてソファに座る。


「あの子は一体何なんだろうね。身元がわかるようなものは一切持ってなかったよ」

「…お前、変なことしてねえだろうな」

「あのねえ、ロリコン疑惑とかそういう以前に、僕がセルティ以外の子に手を出すと思うかい?あのベッドの上で寝てるのがセルティだとしたら、布団の代わりに僕の体で―…」


うんぬんかんぬん。
セルティへの愛を語ることに夢中になってらっしゃる新羅さんには気付かれないように、そっと静雄さんに耳打ちする。


「…静雄さん、着替えはわたしがやったから大丈夫ですよ」

「…おう、そっか」

「……ねえ静雄、そこのトムって人が僕にさっきから憐みの視線を向けてるんだけど、どういうことかな?」

「……………」

「何で黙るの?」


いや、これは黙るでしょう。
そう思いながらも、なぜだか湧いてきたトムさんへの救いの心のまま、わたしは口を開く。


「そういえば、セルティはお仕事ですか?」

「セルティなら、粟楠会の四木さんの仕事に行ってるよ」

「粟楠会の四木?」

「そ、四木さん」


わずかに焦ったようなトムさんの言葉に同意した新羅さんだけど、あれかな、トムさんの知り合いだったりするのだろうか。
そんなことを思いながら新羅さんの言葉に耳を傾けていたんだけど―…あれだ。どうやら、あまり穏やかじゃない人たちらしい。
杯を交わすだとかなんだとかって、そんなの任侠ものの映画でしか聞いたことない言葉を、まさか現実で聞く日がくるとは思わなかった。


「それにしても、初対面の女の子に『死んじゃえ』って言われるなんて、静雄は一体何をしたのさ」

「何もしてねえよ」

「心当たりがないのはわかるけど、君は知らないうちに恨みを買うタイプだからね」


確かに、誰しも悪気なく人を傷つけてしまったり、恨まれてしまうことはある。
そしてそれは、静雄さんも例外じゃなくて。


「自分が過去に起こした些細なことが、他人の人生を狂わせる。結構あるんだよ、そういうこと。ま、意図的にそういう『些細なこと』をする奴もいるけどね。臨也の奴とか」


どうしてこのタイミングで臨也さんの名前を出すの新羅さん!
血の気が引くような感覚に襲われながらも静雄さんの方をちらりと見れば、あからさまに不機嫌そうな表情だった。


「臨也のこと、僕は嫌いじゃないよ。あいつは素直なだけさ。自分の欲望に対してね。君が自分の感情に正直なのと同じだよ」


そう言えばまだ聞こえはいいけど、臨也さんの場合はそれが変な方向性だから問題なんだよなあ。
そんなことを考えながら新羅さんの話を聞いていれば、彼もわたしの思っていたことと同じようなことを口にした。
…本当、他人を観察して得意げになる人って嫌だよなあ。


「そういえば、今時の来良の生徒たちはどうなのかな?」

「ああ、お鍋やった時に来てた子たちですか?」

「僕はよく知らないんだけど、竜ヶ峰帝人くんってのがセルティの知り合いにいたね」


静雄さん、新羅さん、臨也さんの高校時代の話から、今の来良生たちの話に及ぶ。
話で聞いてるだけとはいえ、昔と比べて今の来良はすごく平和なんだろうなあ…


「美尋ちゃんは確か来良じゃなかったよね。来良の近くにある女子高だったっけ?」

「はい、そうですよ」

「どうだった?高校生活」

「んー、ほどほどに楽しかったですよ。最近は向こうが忙しくて全然遊んだりできてないですけど、1年の頃から仲良しの友達もいますし」

「そうかそうか、それは何よりだね」


うんうんと腕組みをしながら満足げに笑う新羅さん。
…ずいぶんとご満悦だなあ。


「僕の高校時代は、静雄と臨也のせいで一見台無しだったけど、家に帰ればセルティがいたからもうそれだけで満足だったよ」


やっぱりそれか。
そう思いながらも、セルティが素敵な女性だっていうことはわたしもわかっているので。


「セルティ中毒ですね、本当…」

「…だな」

「でも、素敵です」


そんな風に、微笑ましく思えていたのだけど。


「青春って言うのはね、蠢くんだよ。ドロドロのぐちょりって感じでさ」

「…ぐちょり?」

「そもそも青春って単語は、『人生の春である時期』って意味からつけられたんだけど…春って、決してさわやかなものとは限らない。毛虫だのなんだの、人によっては快くないものが蠢きだす季節でもあるんだからね」

「あー、確かにそうですね」

「もしかしたら、自分たちがその地虫の群れの一匹になるかもしれないんだ。彼らはそんなことにならないといいって思ってるけど、さっきも言ったように、人生、どこで他人の恨みを買うかわからないけどね」


まさしく、来良に通っている彼らのことを示している言葉だと思った。
そしてこの時のわたしはまだ、自分がそのうちの一人であることを、自覚できずにいた。


 



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