あれからどれくらい経っただろう。
とにかく走って、走って、走りまくったわたしたちは、慣れたマンションのエントランスを抜け、重たげなドアの前に立っていた。
「じ…じゃあインターホン押しますよ」
「おう」
…本当に、巻き込んじゃっていいのかなあ。
本来のわたしであれば、答えなんてすぐに出るはずなのに。それでもこうしてここに来てインターホンに手を伸ばすわたしは、仕方がなかったのだと自分に言い聞かせた。
「……え、美尋ちゃん?」
それに、静雄?
わたしを見た新羅さんはすぐに静雄さんにも目を向け、開いた扉をわずかに閉じかけた。
「…鍵がないとエントランスに入れないタイプのマンションに引っ越そうかな、本当」
「よくわからんが、ぶん殴られたいらしいな」
もしかして、面倒事かな。
まさにそう言いたげな表情でため息を吐いた新羅さんは、静雄さんの言葉に苦笑しながら手を振った。
「勘弁してくれ、お前に殴られたら本気で死ぬ可能性を考えなきゃいけない」
「入っていいか?」
「…すいません、新羅さん」
とりあえず謝らないと、という思いのままそう言えば、新羅さんはもう一度苦笑する。
「いいよ、美尋ちゃんは謝らなくて」
「…お前、本ッ当に美尋にだけは甘いな」
「僕らの娘なんだから当然だろ。で、何の用だい?昨日連れてきた子ならもう歩けるようになったから帰ったよ」
昨日連れてきた子。
その言葉に、わたしの脳が震えた気がした。
「…ああ、知ってる。さっき街にいたらしい」
「元気だねえ。君に殴られたっていうのに。よく頸椎が外れなかったもんだ」
わたしと彼のことについて、事情を知っている静雄さんと、何も知らない新羅さん。
そのアンバランスさにもやもやしていると、新羅さんは閉じかけた扉を開け広げ、わたしたちを迎え入れようとした。
…けど、
「あれ?」
「…あ、」
「ええと、静雄の上司の…」
「ああ、紹介するのは初めてだよな。この人はトム先輩」
「うん、それはわかる、わかるんだけど…」
わたしと静雄さん以外の人影があることに気付いたらしい新羅さん。
少し驚いたように目を丸くした彼だけど、静雄さんが口を開いた時には、すでに視線はトムさんにはなくて。
「その女の子…誰?」
静雄さんの腰元にしがみつく少女を見て、新羅さんは怪訝そうな表情を浮かべる。
本当に、ごめんなさい。
静雄さんたちの手前言えなかった言葉を心の中でつぶやいて、わたしは小さく頭を下げた。
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「じゃ、いい加減説明してくれるかな?」
応接間のソファーに座るわたしたちに、新羅さんが言った。
「さっきは『まあまあ』とか言いながら強引に上がり込んできたけど、流石に見過ごせないよ?何か怖がってるじゃんその子」
部屋の隅っこで体育座りをする少女を見て言った新羅さんは、深い深いため息を吐く。
わたしだって、どうしてこんなことになったのかはわからない。
だからこそ新羅さんにも申し訳ないって、心から思ってたんだけど―…
「何で誘拐なんてしたの」
「してねえって」
「してませんからっ」
トムさんに続いてわたしが言う。
静雄さんがキレる前に…って思っての行動だったけど、それはトムさんも同じだったのだろうか。
それでもやっぱり額に青筋を浮かべる静雄さんだけど、徐々に落ち着きを取り戻したのか、いつも通りの表情に戻ってくれた。
「もう…誘拐なんてするわけないじゃないですか」
「ごめんごめん」
命拾いをした。
そう思っていそうな新羅さんに小さくため息を吐けば、トムさんが口を開いた。