「おはようございます」

「…ん、おはよ」


隣に私がいないことに、違和感を覚えたのだろうか。
わずかに不機嫌そうな顔のまま台所にやってきた静雄さんは、私の姿を見つけると静かに笑って、おでこにキスをひとつ落とした。


「…起きんの早いな」

「目が覚めちゃって。静雄さんも早いですね」

「俺も何か目ぇ覚めた」

「もうそろそろ起こそうと思ってたから、起きてくれてちょうど良かったです」


お味噌汁の入ったお鍋をくるくるとかき混ぜながら、静雄さんと交わす朝の会話。
普段だったら、こんな些細な出来事も、日常の中の幸せだと思えるのだろう。
けれどそれさえもわたしの心をちくりと痛める要素になってしまっているのは、紛れもなく、私が未だに彼や苦しみから逃げている証で。
いつか謝りたい。向き合わなくちゃいけない。このままでいたくない。
確かにそう思っているのに、心の準備ができていないとでも言おうか。
彼と向き合う努力をするわけでもなく、傷が癒えていくごとに日々の幸福を見出していった私は、一体何をしていたのだろう。


「…い、おい、美尋?」

「っあ、はいっ」

「味噌汁沸騰してんぞ」

「…あああああッ!」


やばいやばいやばいっ、ぼうっとしすぎてお味噌汁ぼこぼこしちゃってる!
急いで火を止めたから何とか大丈夫だったけど、危ない危ない…料理をしてる時の考え事はやっぱり駄目だなあ。


「すいません…」

「…大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですっ、本当に大丈夫です!」


はっ。
こんなに全面的に肯定、というか自分のおかしい状態を否定したら、逆に怪しまれるんじゃないか。
そう思ったけど、「ならいいけど」とだけ言った静雄さんは、不思議な顔をするばかりで。


「…も、もうご飯出来ますからねっ」

「じゃあ何か持ってくぞ」

「あー…そしたらご飯よそってもらえますか?その間にお味噌汁よそっちゃうので」

「おう」

「今日はお魚も焼いてますからねー」


ほかほかご飯に焼き魚、お味噌汁とほうれん草のおひたし。
うん、ものすごく和食だ。


「じゃあ持ってくぞ」

「はーい」


静雄さんの大きな背中を眺めながら、彼の姿を重ねる。
家を行き来していた、お互いの家に泊まり合っていた、あの頃の私たち。
あの時わたしが正しい方を選べていたとしたら、あくまで友達としてだとしても、こんな風に彼の背中を眺めていたのかもしれない。


「美尋?」

「はいっ」

「…マジで大丈夫か?」


お茶の入ったグラスを持ったまま立っていた私に、怪訝な表情の静雄さんが話しかける。
ああ…怪しまれたりしたらどうしよう、って考えた矢先だったのに。


「すみません、大丈夫です。ささ、食べちゃいましょっ」

「ん」


いただきます。
手を合わせてお箸を持てば、先に食べ始めていたらしい静雄さんが「うまいな」と笑う。
…ふふ、どれだけ経っても毎回こうやって言ってくれるんだから、静雄さんって優しいよなあ。

なんて、思っていた時。


「…あ、そうだ」

「? どうしました?」

「言い忘れてたんだけどよ」

「はい」

「今日仕事手伝ってくんねえか?」


お魚をほぐしながら耳を傾けていた私に、静雄さんはそう言った。


「…え、いきなりですね」

「昨日言うの忘れてた」

「ああ、帰り遅かったですもんね」

「バイトとか何か用入ってたか?」

「ううん、大丈夫です」


事務のお仕事か、何だか久々な気がするなあ。
もぐもぐと咀嚼しながら考えていると、「休憩の後からやるっぽいんだよな」と小さく漏らした。


「じゃあ連絡もらったら行けばいいですか?」

「外で飯食ってから事務所戻るだろうから、また連絡する。お前も飯食わないで来いよ」

「はーい」


GW中だから人多いだろうなあ。
静雄さんイライラしたりしないといいけど、なんて考えていた私は、このあと待ち受けている騒動なんて知る由もない。


 



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