「新羅さん、セルティ」

「何?」

《どうした?》

「お願いします!」


あの日、トムさんと話してから数日。
言いながら深々と頭を下げれば、新羅さんとセルティが顔を見合わせる気配がした。


《どうしたの?》

「…図々しいのは百も承知なんだけどね」

《大丈夫、私たちにできることなら何でも協力するよ》

「セルティ…!」


相変わらず優しいセルティに抱きつけば、優しい手がぽんぽんと背中を叩く。
その時見えた新羅さんといえば、不可思議そうな顔をしていたものの、その目は微笑ましいものを見るような優しさを含んでいた。


「…あのね、この前言った、静雄さんへのお礼なんだけど」

「ああ、結局決まった?」

「はい。静雄さんの先輩に聞いて、プリンを作ることにしたんです」

《プリンか、確か静雄は甘いものが好きだったな》


PDAの文字に頷き、さあ本題だとばかりに2人を見つめる。
ああ緊張する、自分でも図々しいってわかってるから余計に口に出しづらい。


「…あの、ね。迷惑は百も承知なので、もしよければなんですが…」

「うん」

「………我が家のじゃあまりに狭くて、色々足りないものでして、その……キッチンを…貸していただけないでしょうか…」


顔色を伺うことすら怖くて思わずうつむいてしまう。
ああ、やっぱ言わなきゃ良かった。
2人にとって私は怪我の経過を看てもらうためだけに来た人間なのに、こんなことを言って図々しいと思われないわけがない。


「…あの、ごめんなさい。やっぱり、」

「そんなこと?全然構わないよ」

「…え?」

《うちので良ければ是非使ってくれ》


私の予想に反してそう言った2人は、本当に意外だったかのような表情を見せる。
…え、もしかして図々しいとか思われてない?


「美尋ちゃん、そんなこと気にしなくていいよ」

《そうだよ、もっと自分の家みたいに使ってくれて構わないんだから》

「うんうん。僕らもキッチンは大して使わないし、美尋ちゃんが使ってくれたらキッチンも喜ぶよ」

「新羅さん…セルティ…!」


新羅さんにまで思わず抱きつきそうになったけど、それはセルティに申し訳がないからやめておこう。
セルティはそういうこと気にしないタイプだと思うけど、新羅さんだって私なんかに抱きつかれるより、セルティに抱きつかれた方が嬉しいに決まってる。


「でもお金の面は大丈夫なの?」

「あ、はい。今まで通りとは言わなくても、バイトが出来るとなればお給料の面では大丈夫そうです」


私の手首を見ながら言った新羅さんにそう返せば、安心したように彼が笑う。
それと同時にセルティが微笑んだような気がしたのは、きっと勘違いなんかじゃない。


「そ、それじゃあ今から材料買いに行って、そのあとお借りしてもいいですか?」

「どうぞどうぞ」

《わ、私も横で見ていていいか?買い物への足なら出すから!》

「もちろん!私もその方が楽しいから、お願い」


微笑ましいねえ。
材料を買いに行くべくセルティと共に立ち上がれば、すぐ近くに置かれたダイニングテーブルの椅子に座った新羅さんが言いながら笑った。



******



「わっ、すごい。見てよセルティ、おいしそう!」

《うん、うまく出来てよかった》

「なになに、完成した?」

「はい!あ、良かったら1つ味見してくださいっ」


あれから数時間。
悪戦苦闘した甲斐あり、かぼちゃプリンが10個、定番のが10個、焼きプリンが10個完成した。
かぼちゃ切る時とかかたくてすごい困ったけど、セルティが影を使って手伝ってくれたり…
いろいろびっくりすることはありつつも、何とか無事に完成しました。


「僕が先に食べたら静雄に怒られちゃうかな」

「? 何でですか?」

「ううん、何でもないよ。それじゃ、いただきます」


新羅さんのよくわからない発言の意味を聞こうとしたら、そんな間もなくプリンが口に運ばれていく。
ど、どうだろう。見た目は悪くないけど、味に関しては未知だ。


《新羅、味はどうだ?》

「…うん、すごくおいしいよ」

「いっ今の間はなんですか!」

「味わってただけだから大丈夫だよ。ほら、美尋ちゃんも食べてみたら?」


そう言ってずいっとプリンを渡してきた新羅さんに少し戸惑ってしまう。
私自身は間接ちゅーとか気にしないタイプだけど、セルティという存在がある以上そういうわけにもいかないだろう。
そんな思いでセルティの方を見あげれば、ヘルメットのついた首がこてんと傾き、《食べないの?》と打ち込まれたPDAが見せられた。


「……いただきます、」

《どう?おいしい?》

「……おいしい、すごいおいしいよセルティっ」

「ほら、言ったでしょ?」

《よかったね、頑張った甲斐があった》


ぽんぽんと頭を撫でられて、頑張って良かったと心から思った。
これおいしいよ、本当においしい。手作り感があるのは否めないけど、ざらざらした感じもないし、初めてでここまで出来たのは上出来といえるだろう。


「えーと、セルティって…食べ物食べられる?」

《ごめんね、私は食事は摂れないんだ。でもありがとう》

「う、ううん!私こそ、何だか…」


こういう時、いくらセルティが人間に近くても、私たちとは違う存在なんだと思い知らされる。
まあそこまで気にしていないんだけどね、セルティはセルティだし!


「うん、これなら静雄も喜ぶよ」

「本当ですか?」

《静雄にあげるのが楽しみだね》

「うん!」


本当に上手に出来てよかった、と思いながらプリンの残りを平らげる。
そうだ、せっかくだからこれトムさんにもあげようかな。


「それどうやってあげるの?」

「今のところは、どこかで待ち合わせして渡そうかと思ってます」

「…いけない、それはいけないよ美尋ちゃん!」

「は?」


突然拳を握り締めおおきな声をあげた新羅さんに、私のみならずセルティも驚いた。
一体何がいけないんだろう。


「どうしたんですか?」

「そんな、君からプリンをもらった瞬間の静雄を僕らが見られないなんてそんなのはよろしくないね」

「…ん?」

《ああ、そういうことか》


そういうことってどういうことだ。
新羅さんは静雄さんの反応が見たいの?特別驚いたり喜んだりはしないと思うんだけどなあ…


「ということだから、静雄には仕事が終わったらうちに来るように連絡しておきなよ」

「え、そんな悪…」

「いいからいいから!それまでセルティとゲームでもしてるといいよ!」

「いいんですか?」


もちろん!
そう言って笑った新羅さんはいつにも増して楽しそうで、何だか私も楽しくなった。


 



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