悔しい。悔しい悔しい悔しい。あと、寂しい。
爪が刺さってしまうくらいにギュッと拳を握りしめたわたしは、ギリッと歯を鳴らして眉間に皺を寄せた。

トンネルを抜けたあと、わたしたち―…高校生たちとわたしは、門田さんによって車を降ろされた。
駅に入るか警察署に逃げ込むかしろと言われたけれど、本当はわたしだって、あの車の中に残りたかったんだ。

別に、門田さんの言っていた言葉に納得出来なかったわけじゃない。
わたしが悲しいくらいに無力で役立たずなことも、それを解決する手段が努力なことも、ちゃんとわかってる。
だからこそわたしは悔しくて寂しくて、自分自身が情けないんだ。


「…さん、美尋さんッ!」

「…… え、あ。ごめん、」


帝人くんに肩をゆすられ、意識が半分飛んでいたことに気付いた。
結構な大きい声で呼ばれてた上に、周囲からはバイクの音や暴走族の怒鳴り声のようなものが聞こえてくる。
…こんな大きな音や声が聞こえないくらいだなんて、よっぽど考え込んでたんだなあ。


「ごめんね、何?」

「今青葉くんにも言ったんですけど、園原さんたちをお願いしますッ」

「え、」


恐らく後輩くんを示しているであろう名前を口にした直後の帝人くんの言葉に、わたしは目を丸くした。
いや、言葉だけじゃない。
わたしを射抜くようなその目と表情は、いつもの彼とはまったく違う、何か大きな決心をしたみたいで。


「ちょ、お願いしますってッ」


少しだけ違和感や焦りを覚えながら、走り出そうとした帝人くんの手を掴む。
だってそんな、せっかく門田さんたちがわたしたちの身を案じてくれたっていうのに、見過ごせるわけがない。
実際はそんなことを考える間もなく、無意識のうちに、帝人くんに手を伸ばしていたのだけど。


「帝人くんっ」

「ッ、」


勢いよく振り払われた手に行き場なんてなくて、わたしはただ茫然として彼を見つめた。

鋭い眼光のこの少年は、一体誰なのだろう。
さっき抱いた違和感なんて比じゃないくらいに、今の帝人くんは、わたしの知ってる帝人くんじゃなくて。
その様子に、少し前にわたしたちの前から姿を消した彼の姿が重なってしまう。


「す、すいません!」


ハッとしてわたしを見た帝人くんは、本当に申し訳なさそうな表情でそう言った。
いや、別に、構わないんだけど。けど、


「あの、えっと…すいません、お願いします!」


ひどく慌てた様子で走って行った帝人くんの背中を見ながら、行き場を失った手をゆっくりと降ろした。

どうして帝人くんは、あんなにも必死になるのだろう。
何が、帝人くんをあそこまでつき動かすのだろう。

こんなことを言うのはあまり良くないことかもしれないけれど…
でも、静雄さんや門田さんたちのように喧嘩が出来るタイプではないであろう帝人くんがあの場に行っても、状況が変わるとは思えない。
なのに、大好きな杏里ちゃんや後輩たちを置いてまで、走って行く理由なんて存在するのだろうか。


「…… あ、」


杏里ちゃんという存在が脳裏をよぎり、自分のやるべきことを思い出す。
そうだ杏里ちゃんたちは、


「…あれ?」


思わずそんな声が漏れた。
だって、杏里ちゃんはついさっきまで、そこにいたはずなのに。


「えっと、あの」

「え?」

「青葉くん、ですよね?」


クルリちゃんたちの方に寄って声をかければ、少年は一瞬目を丸くしてうなづく。
そしてそのあとに続いたのは、「大槻美尋さんですよね」という言葉で。


「え、なんでわたしのこと、」

「いや、さっき呼ばれてましたから」

「あー…そっか、そうだよね」


門田さんには大槻って呼ばれてたし、クルリちゃんたちを除いたそれ以外の人たちには名前で呼ばれてたから…
1年以上前、初めて臨也さんに出会った日のことを思い出して一瞬気味が悪くなったけど、うん、納得。
そうホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、


「それに、有名人ですから」


その言葉に、それまで伏せていた目を見開いて青葉くんを見る。
どうしてだろう。わたしに向けられている笑顔はどこまでも純粋そうなのに、どうしてこんなにも、不安で不気味な感情に襲われるの?
少し……いや、かなりおびえながらも詳しく聞こうとした瞬間、


『園原さんたちをお願いしますッ』


そんな帝人くんの言葉を思い出してハッとした。
そうだ、杏里ちゃんはどこにーー…


「園原先輩ならどこか行っちゃいましたよ」

「え、どこかって、」

「ついさっきまでそこにいたんですけど、気付いた時にはもういなくなってました」


さっきの笑顔をわずかに崩して言った青葉くんに、少しだけムッとしてしまう。
行っちゃいましたよってそんなーー…いや、わたしも人のこと言えないか。
相手が男の子とは言え、わたしがこの中では1番年上なんだから、もっとしっかりしなきゃいけなかったのに。


「…帝人くんのこと追いかけて行ったのかな」

「でしょうね、きっと」

「………はあ」


まったく帝人くんも杏里ちゃんも、やたらと行動力があるんだから。
そんなことを思いながらため息を吐き、ちらりと青葉くんの方に目を向ける。


「…にしても、竜ヶ峰先輩、やっぱり……いや、今はいいや」


静かな声で言った青葉くんの言葉に、どんな意味が込められているのかわからないけど。
けどなぜだか、その姿に、臨也さんの姿が重なって見えた。


 



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