「へえーっ、メイドさんって静雄さんの彼女だったんだ!」

「…えっと。そんな感じか、な?」


そんな感じ、なんてあいまいな言い方は本当ならしたくなかったけれど。
それでもこういう時どう反応したらいいのかわからなくて、わたしはオレンジジュースを口に含んだ。


「だから会った時いつもより優しかったのかなッ、ねえねえクル姉どう思う?」

「肯(そうだと思う)…」

「静雄さんも彼女が出来ると変わるんだね!!」

「…ちょ、マ、マイルちゃん…」


一応ここお店の中だから、もうちょっと声のボリューム落として欲しいかな。
昨日帝人くんに聞いて自分でも確認したからわかってるけど、わたしが静雄さんの彼女ってことは、わたしの知らない人にまで広まっているわけで。
どこに静雄さんに恨みを持ってる人がいるかもわからない状況で、わざわざ自分から広めるようなことをするのは、よくないと思うのだ。


「静(声落として)」

「あッ、ごめんごめん!でもさ、まさか兄弟そろってそうだなんて知ることになると思わなくてビックリしちゃった!」

「…え、兄弟そろって?」

「幽(幽平さんに)…恋(彼女)…」


え。
クルリちゃんの言葉に、目の前に座ってカフェラテを飲む狩沢さんを見れば、「朝ワイドショーでやってたよ」と簡潔に教えてくれた。
…まじですか。


「え、相手って…」

「聖辺ルリらしいっすよー」

「…どうりで渡草の声が死にそうだったわけだ」


ゆまっちさんの言葉に門田さんが小さくため息を吐き、自然と渡草さんが追っかけていたアイドルが聖辺ルリだということもわかった。
それは…なんていうか、ご愁傷様としか言いようがない。
けど良かったなあ幽さん、うん、おめでたい。


「けど、何で静雄さんも言ってくれないかなー。昨日会った時そんなこと一言も言ってなかったのに!」

「え、」


いや、なんとなく、予感はしてたけど。
やっぱり昨日静雄さんが言ってた“知り合いの双子の高校生”っていうのは、クルリちゃんとマイルちゃんのことだったんだ。
まさかわたしも2人と知り合いだったなんて…静雄さんが知ったら、きっと驚くだろうなあ。


「…っていうか、それよりッ」

「え、なになに?メイドさん」

「………臨也さんの、妹って」

「うん、そうだよ!」


わたしと同様オレンジジュースを飲むマイルちゃんは、目をそむけたくなるほどに眩しい笑顔でニコッと笑う。
その奥にいるクルリちゃんもクルリちゃんで微笑んでる感じだし…うん、これは本当にそういうことらしい。びっくり。


「メイドさんもイザ兄と知り合いなの?…あ、でも静雄さんと付き合ってるんだから当然か!」

「あは、は…」


それは否定出来ないんだけど、ちょっと前の出来事があるだけに、すんなり肯定はしづらいししたくない。
…なんて、妹さんの前で思ったらいけないことだよね。


「ん、」

「どうしました?」

「渡草から連絡だ。もう近く着いてるってよ」

「思ったより早かったっすねえ」

「そんじゃ行くか」


ガタガタ。
6人分の席を立つ音がして、わたしたちは歩き出す。
何だか迷惑をかけちゃっているような気がしないでもない…というか実際かけてしまってるんだろうけど、やっぱり静雄さんに心配させたくないし、万が一ということもあるかもしれないからね。


「渡草っち落ち込んでるだろうねー」

「でしょうねえ…」

「…あんまつついてやるなよ、お前ら」

「やだなあ門田さん、そんなことするわけ―…」


ないじゃないですか。
車のドアに手をかけた門田さんに、きっとゆまっちさんはそう続けようとしたんだろうけど、


「…?」


どこかから聞こえてきた、轟音としか言えないバイクの音。
その音のあまりの大きさに無意識のうちに振り返っていたわたしが見たものは、さっきの5倍はいる、チンピラの集団だった。



******



「危なかったっすねえ」

「心臓止まるかと思いました…」

「とりあえずは捲けたっぽいね」


背後を確認してそう呟いた狩沢さんは、わたしの頭を撫でてため息を吐く。
びっくりしたね、なんて。
一番驚いてたのはわたしかもしれないけど、そんなの、みんなも一緒だろうに。


「とりあえず―……ん?」

「え?」


何か言いかけた門田さんが、それを止めて窓の外を見る。
その瞬間彼の眉間に皺が寄ったから、わたしもつられて窓の向こうに目を向けたんだ、けど。


「え…帝人くんッ!」


それだけじゃない、杏里ちゃんと…もう1人の男の子はわからないけれど、大方昨日言っていた後輩の子だろう。
何がどうなってそうなったのかは不明だけれど、どうやら彼らも、わたしたちと同様何者かに追われているらしい。


「か、門田さん!」

「何で追われてんの!?まあいいから乗って乗って!」


ドアから顔を出した狩沢さんがそう言い、すんでのところで、帝人くんたちはチンピラの手を逃れることが出来た。
まあ追ってきたチンピラの1人は門田さんの乗る助手席のドアに手をかけようとしたんだけど―…門田さんの拳により、車は無事に発進することが出来た。


「た、たたた、助かりました!」

「いいっていいって。待ち合わせにちょっと遅れちゃってごめんね!」


カラカラと笑いながらそう言った狩沢さんに、帝人くんにもやっと笑顔が戻る。
杏里ちゃんも帝人くんも、この場にわたしがいることに驚いているようだけど…それはまあ、おいおい話すとして。


「あれ……君たち、どうしてここに?」


あら、この男の子は、クルリちゃんたちのお友達?
そんなことを思いながら少年に目を向けていると、大きなクラクションの音に続き、車のすぐ横から鈍い音が聞こえてきた。


「くそ、もう見つかったか」


苛立った様子でそう言った渡草さんの言葉に、帝人くんの笑顔は一瞬で消えた。
とりあえず車に乗っていれば安全だろうけど、と思いながら窓の向こうに目をやれば、そこには数十分前に見た、縞模様の特攻服の男を乗せた改造バイクの群れ。


「ど、どうなってるんですか?これ、どうなってるんですか?」

「それがっすねえ。残念なお知らせがあるんすけど、君たちは不幸から逃れて新たな不幸に巻き込まれてしまったんす。残念無念。いまや俺らの周りは超能力を研究する某学園都市並みのトラブル空間になってるっす。誰かの右手がこの嫌な幻想をぶち壊すのをご期待ください……の巻!」

「何言ってるんですか!?」


こんな時でも通常営業のゆまっちさんに、乾いた笑いが出るどころか安心感を覚えてしまうわたしは、ただのフリーターとしてどうなんだろうか。


「今のうちに聞いておくっすけど、知り合いにカエルに似た医者はいるっすか?それなら生存率が十割ほど跳ね上がるんすけどねえ。あ、カエルつながりで白山名君でもいいっすよ」

「ありがとうございますゆまっちさん、とりあえず落ち着くことは出来たので大丈夫です」


えー、と不満げな声を漏らすゆまっちさんだけど、本当にもう大丈夫、お腹いっぱいです。
そんな思いのまま帝人くんに見れば、彼は彼で、助手席に座る門田さんに視線を向けていて。


「ちょっと色々あってな……すまん」

「え…えええええッ!?」


ただ一言、申し訳なさそうにそう言った。

誰も求めてなかった、スリル満点の池袋ツアー…というより、わたしにとってはただのお買い物。
終着点の見えないデスレースの中、わたしたちは、前方から迫る首無し馬の嘶きを聞いた。


 



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