「静雄さん!」

「おう美尋か、どうした?」


新羅さんの家を出てから、人で溢れる池袋を猛ダッシュしてやっと見つけることが出来た。
でもすいません、今はあなたの隣の方にお話が聞きたいんです!


「すいませんっ、ちょっとだけいいですか?」

「え?俺?」

「はい、本当にすいません!」


目を丸くするトムさんの手を取れば、静雄さんまでもが驚いた表情を見せる。
そりゃそうですよね、私トムさんとは全然面識ないわけですもんね。
突然のことにキョトンとしている静雄さんに心の中で謝って、少し離れたところまでトムさんを誘導する。


「どうした?」

「突然ごめんなさい、聞きたいことがありまして」

「俺に?静雄じゃなくて?」

「はい、…というのも、静雄さんのことでして」


数秒前まで驚いていたトムさんの顔が、不思議そうなものに変わった。
静雄さんに聞こえないように小声で話してみてはいるけど、絶対に聞かれたくないことなだけに過敏になってしまう。


「あの…静雄さんの好きなものって、何ですか?」

「静雄の好きなもの?何でまた突然そんなこと」

「えっと…いつもお世話になってるから、何かお礼がしたくて…」

「あーなるほど、そういうことか」


何だろうな、と新羅さんと同じように考えるトムさん。
多分あなた以上に静雄さんと一緒にいる人なんていないだろうし、あなたが最後の頼りなんです!


「男が喜ぶ定番つったら手料理なんだけどなあ」

「…やっぱりそれですか…」

「あ。でもあいつ、ああ見えて甘いもん好きだよ」


一瞬聞き間違えかと思った。
静雄さんが甘いもの好きだなんて何だか意外だったから結びつかなくてびっくりしちゃったけど、最近は甘いものが好きな男の人も増えてるし、そんな不思議なことでもないか。


「手料理振舞うっつーのはちょっと難しいかもしんねえけど、お菓子とかなら大丈夫だろ?」

「さ、流石先輩さん…!」

「静雄は特にプリンが好きだから、たくさん作ってやるといいよ」

「ありがとうございます!」


感謝してもしきれない。本当に本当にありがとうございます!
そんな思いで深々と頭を下げれば、面白い子だな、なんて声が頭上から聞こえてくる。


「そろそろ戻んべ、怪しまれる」

「あっ、はい」


小声で言ったトムさんに促され、一人待ちぼうけにさせてしまっていた静雄さんの元へと戻る。
…うん、ちょっと不機嫌そうな感じがするけど、気のせいだよね。

………いや、やっぱ気のせいじゃないですね。これを気のせいってことにできる人なんていないと思う。
ものすごい顔怖くなってますよ、静雄さん。


「す、すいません突然…」

「…別にいいけどよ」

「…すいません…」

「まーまー静雄、お前のためなんだからそんな怖い顔してやるなよ」

「俺のため?」

「ト、トムさん!」


トムさんの突然の言葉にものすごく焦ってしまったけど、大丈夫、と言いたげな目に押し黙ってしまう。
こんなに不機嫌そうな静雄さんは初めて見るから、確かに私じゃどうしていいのかわからない。
だからって正直に言うわけにもいかないし、ここは大人しくトムさんを信じることにしよう。


「どういうことっすか?」

「今はまだ言えねえけど、なんにしてもお前にとっていい話だよ」

「…どういうことだ?」

「まっ、まだ内緒です!」


いつもより鋭い目の静雄さんに見られて、内心びくっと震えてしまう。
お願いだからこれ以上詮索しないでください、私本当のこと言っちゃいそうです!


「…はあ」

「す、すいません…」

「もう謝んな。いずれわかるんだろ?」

「はい…」

「ならいい」


ごめんなさいごめんなさいと静雄さんの目を見れず心の中で謝っていると、優しい声とあたたかな手が降ってくる。
それにハッとして顔を上げれば、つい数秒前の不機嫌そうな表情なんて思い出せなくなった。


「新羅のとこの帰りか?」

「は、はい」

「手首どうだ?」

「順調だって、言ってました」

「そっか」


良かったな、という声と同時に、頭の上からぬくもりが消える。
と、とりあえず切り抜けられた。トムさん何から何までありがとうございます…!


「そんじゃ、俺はまだ仕事あるから気をつけて帰れよ」

「はいっ」

「じゃあな美尋ちゃん」

「はい、お仕事中にすいませんでした」

「おう、じゃあな」


ひらひらと手を振る静雄さんとトムさんの背中を見ながら、ふうっと安堵の息が漏れる。
静雄さんが甘いもの、それもプリンが好きだなんて意外だったけど、やっぱりトムさんに聞いてよかった。


「…よし、」


明日の放課後にでも、図書館で料理の本を探そう。
そんなのあるかなんてわからない。もしなければ、よろしいとは言えない記憶力で本屋で立ち読みしてレシピを暗記するまでだ。
今なら何でも出来る気がする、なんて密かに思いながら、軽い足取りで帰路についた。


 



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