「…わあ」


家に帰ってどれくらいが経っただろう。
意を決して開いたそのページには、


<平和島静雄に彼女出来たんだろ?>
<え、マジで?w>
<俺、前に女の子と歩いてるの見たよ>
<どんな女?>
<黒髪で小柄>
<大槻美尋って子でしょ?>
<あ、たまに門田とかといるヤツ?>
<そうそう、その子!>
<でも前からよく一緒にはいたよな>
<友達じゃねーの?>
<この前手ぇ繋いで歩いてる所見た!>
<mjk>
<マジマジww>



「…ネットって怖い」


眉間に皺を寄せたまま携帯を置きTVをつければ、昨今のあらゆる問題にスポットを当てた番組がやっていた。
……『ネット世界の恐怖』だなんて、これまたタイムリー。


「…それにしても、監視されてるみたいで嫌だな」


携帯にちらりと視線を向け、数秒前まで見ていたダラーズの掲示板の書き込みを思い出す。
確かに静雄さんは池袋じゃ有名な人だけど、芸能人じゃあるまいし…こういうところまで干渉されるのは、当然だけど気分は良くない。
しかもなぜわたしの名前を知っている。


「…はあ」


ため息を吐いたところで何がどう変わるわけでもない。
別にこれといった被害を被っているわけじゃないし、仮に何か起きたとしても、それが原因で静雄さんと別れるという選択肢はわたしには存在しないだろう。
つまるところ、“気にしない”以上の対策なんて、きっと存在しないのだ。


「…あ、」


とはいえ、このことは静雄さんに言うべきなのだろうか。
そう考え始めた頭は、不意に目を向けたTVの画面に思考を奪われた。


「池袋100日戦線…?」


重々しいナレーションの声が聞こえる中、映し出された文字につい反応してしまった。
どうやら年末とかに多い報道特番のようで、夜の池袋の様子をお届けしているらしい。

まあいつもみたいに警察の取り締まりとか街で起きた喧嘩とかを流すんだろうけど…こんなに地域を限定してやることなんてあるんだなあ。
しかもそれが自分の住んでいる場所となっては見ないわけにはいかない…なんて思いながら、音量を上げるためにリモコンを手にした時。


「…ん?」


見慣れた人物が、そこには映っていた。
生放送で取材していたレポーターの背後にいるのは、どこからどう見ても友人のセルティ。
そしてそれから間もなく、歩み寄って行った恰幅の良い男は、彼女に対してマイクを向けた。


『数年前から目撃されている黒バイクというのは、貴女のことで宜しいんでしょうか?一体なんの目的で、こんな危険なバイクで街を走行しているんですか?』


どどどどうしよう。いや、どうすることも出来ないんだけど。
彼女がこの街、そして世間の一部の人々から“都市伝説”として注目を集めていると知っているわたしとしては、突然映った知り合いの映像を前にあたふたせざるを得ないわけで。


「ああああ、セルティ…!」

『何か答えて下さいよ。あなた、自分が犯罪を犯しているという意識はあるんですか?』


どちらかと言えば、セルティは悪を鉄槌している方だと思うんだけど…なんて心の中で思いながら、固唾を飲んでTVを見つめる。
大丈夫かなセルティ、こんな風に直で接触を図られたことなんてないだろうし、何ともないといいけ、ど、


「…う、わあー…」


その瞬間、画面の向こうにいるセルティの愛車が歪に蠢き、数秒後には“愛馬”へと姿を変えていた。
TVの前にいて、なおかつセルティとは付き合いのあるわたしでさえ驚いたんだ、今眼前でこの光景を見たレポーターはわたし以上に驚いたことだろう。
その証拠に、TVから聞こえてくる声には明らかに余裕がなく、恐怖の色が滲んでいる。


「…あのバイクって元々馬なのかな…」


レポーターの叫び声に上げたばかりの音量を下げ、途中で途切れた馬の首筋を撫でるセルティをぼうっと眺める。
男はガクガク震えちゃってもう仕事にならないだろうし、とりあえずセルティももう映らなくなるだろうから―…と、夕飯(あるいは静雄さんの明日の朝食)の支度を始めるべく腰を上げた時。


「あ」


ついさっきまでいなかったはずの白バイ隊員(交通機動隊っていうんだっけ?)か何かの人が、セルティの後ろにいた。
よいしょ、なんて言いながら腰を上げている間に何らかのやり取りがあったのだろうか、ものすごい勢いで逃げていくセルティと、逃がすまいと追う白バイの警察官。


「…もうやめよう」


これ以上見続けていても、どうすることも出来ないわたしの不安感が広がって行くだけだ。
画面の向こうにいるセルティは珍しく焦っているように見えるけど、何と言ってもセルティだ。大丈夫だろう。
自分自身にそう言い聞かせ、手にしたリモコンでTVをオフにした。


「…大丈夫、だよね」


今日はいつもより遅くなるかもしれない。
数時間前に静雄さんから送られてきたそんなメールを思い出し、小さくため息を吐く。

次にTVをつけた時の特集が街で起きた喧嘩じゃありませんように。
もし喧嘩だったとしても、静雄さんが映ってしまったりしませんように。
それを避けるために早く帰ってきてくれたらいいと、包丁を握りながら願った。


 



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