春が来た。
出会いと別れの季節でもあり、多くの人々が新しい環境に胸を躍らせる春。
…まあ、就職先も見つからず、一緒に暮らしている恋人の言葉に甘えてフリーターとなったわたしは、環境も特に変わらないし、新たな出会いなんてものもないのだろうけど。
「(…どこにいったのかな)」
およそ一ヶ月前に姿を消した少年を思い出す。
わたしにとって今年の春は、別れの季節でしかなかった。
と、思ってたんだけどね…
「ねえねえメイドさん、メイドさんすっごいかわいいね!」
「はは…あ、ありがとうございます」
「メイドさん彼氏いるの?ねえいる?」
「静(黙って)」
「あは、は…」
ぼうっとしてないで戻っておいで。
そう言わんばかりのハイテンションさで言われたけれど、バイト仲間がいる手前どう答えていいかわからず、乾いた笑いだけが無意識に出た。
わたしより3つか4つ年下に見えるこの子たちは双子だそうで、眼鏡をかけてテンション高く話しかけてきた子は妹のマイルちゃん、それを制したショートヘアの(余談だが胸が大きい)子は姉のクルリちゃんというらしい。
ちなみに彼女たちが入店してまだ5分程度、更に言えばここに来るのは初めてだそうだ。
「ねねね、メイドさんって週に何日くらいここいるの?曜日固定?それとも不定期?」
「わたしはここの専属メイドなので、毎日いますよっ」
きゅるん、なんてわけのわからない音でも聞こえそうなポーズと声色には慣れてしまった。
初めこそ抵抗があったものの、1年も経ってしまえばある程度はこなせるようになるのだから恐ろしい。
「ほんとー?じゃあ毎日来ちゃうよっ?わたしたちまだ高校に入学したばっかりなのに、そんなことになっちゃったらお金なくなっちゃう!メイドさん、それでもいいのー?」
「え、ええと…」
「ねっ、教えて教えて!」
「願(知りたい)」
マニュアルが通用しないことなんて珍しくはないけれど、ここまでグイグイ来る子は初めてだなあ、と圧倒された。
けれど…まあ相手は女の子(しかも年下)だし、こっそり教える分には構わないだろう。
そう思い「内緒ですよ」と前置きをした上でマイルちゃんの耳元に顔を寄せれば、彼女もまたクルリちゃんの耳元に顔を寄せた。
「やっぱり不定期なんだねー。っていうかメイドさんの方が年上なんだし、わたしたちこれからも来るつもりだから敬語とか使わなくていいよ!」
なんということだろう、メイドという設定が否定された。
そう思いながらも口に出さないのは、言ったところで彼女が納得してくれるかは微妙だからで。
「…わかった。敬語は、やめるね」
「うんうん、良い感じ!クル姉もそう思うでしょ?あっ、でもお店に入ってきた時の『お帰りなさいませお嬢様』は言ってね!」
「あ、えっと、うん」
本当、テンション高いなあ…
最近の高校生はみんなこうなのか、と少し前まで自分も高校生だったことを棚に上げて考えてしまう。
「…あ、そういえばさっき入学したばっかりって言ってたけど、学校はこの辺なの?」
「うん、メイドさん来良って知ってる?わたしたち2人ともそこ通ってるんだよ!流石にクラスは違うけどね!」
「え、来良?」
まさかそんな。
帝人くんも杏里ちゃんも2年生な上に部活とかはやってないようだから関わりはないだろうけど…こんな偶然があるとは思わなくて、心臓が一瞬ドクリと鳴った気がした。
「メイドさん知ってるの?」
「えっと…年下の知り合いが通ってて」
「驚(すごい)」
「え、その人ってわたしたちと同い年!?」
「ううん、2年生だから、2人には先輩になるかな」
ふーん、と言いながらオレンジジュースを飲むマイルちゃんとクルリちゃんに、何だか羨ましくなる。
ついちょっと前まで高校生だった上に、就職もせずバイトをして暮らしているわたしが言うなんて贅沢なことだけれど……
いいなあ、学生。
「ねえねえ、メイドさんもこの辺住んでるの?」
「うん、池袋だよ」
「へー!わたしたちも池袋住んでるよ!最近2人で暮らし始めたの!それでメイドさんのお家はどの辺っ?」
「そ、それはちょっと」
苦笑しながら言えばマイルちゃんが唇を尖らせる。
けれど許して欲しい。言わない理由の半分は抵抗があるからだけど、残り半分は“東池袋”ということしか理解していないからなのだ。
住所を書く機会っていうのも特にないからなかなか覚えられない。
「偶…会…(もうすれ違ったりしてたのかも)」
「あ、確かにそうだね!ねね、メイドさん、わたしメイドさんのことすごい気に入っちゃった!もし今度偶然会ったりしたら遊ぼ!」
「え?あ、ああ…うん」
それってお店の営業的にいかがなんだろう、と思いはするけれど、気に入ってもらえたという事実のみで考えれば単純に嬉しい。
なので、
「もし見かけたら声かけてね」
「うんっ!」
「肯(はい)」
新たな出会いなんてあるわけがない。
そんなわたしの予感は、こうも簡単に打ち砕かれた。