「お邪魔しまーす」

「ああ美尋ちゃんいらっしゃい。セルティ、美尋ちゃん来たよー」


今日も今日とて岸谷邸。
もちろん捻挫の具合を診てもらうためだけど、今日もセルティいるみたいだし嬉しいなあ。


《いらっしゃい、美尋ちゃん》

「セルティお邪魔します」

《ゆっくりしていくといいよ》

「ありがとう」


セルティにも挨拶を済ませれば、ソファーに座るよう促される。
新羅さんの淹れてくれた紅茶はおいしいし、私はいつもこの位置に座ってるし、たった数日前に出会った人の家とは思えないほどの居心地の良さだ。


「美尋ちゃん、静雄との食事はどうだった?」

「お寿司連れて行ってもらいました。すごいおいしかったですよ!」

「ってことは露西亜寿司?」

「はい、門田さんって方にも会ったんです」

「そっか、楽しかったみたいで何よりだよ」


手首を診てもらいながら言えば、新羅さんは心から良かったと思っているであろう笑みを浮かべる。
その間静かだったセルティはPDAに文字を打ち込んでいたらしく、《まだ痛む?》という言葉を否定すれば、《良かった》と安心してくれた。


「うん、順調に良くなってきてるね」

「ほんとですか?」

「まだバイトはダメだけどね」

「…あ、そのことなんですけど、」

《どうした?》


今日来たもう1つの目的を思い出して、少々口ごもってしまう。
…新羅さん、なんて言うだろう。やっぱりダメだって言われるのかな。


「お店での接客じゃなくて、外での客引きだったらやっても大丈夫ですか?」

《客引き?》

「居酒屋いかがですか、って外に立って声かけるやつだよ」

「うーん……」


口元に手を当てて、新羅さんは考えるようなそぶりを見せた。
お願いします、どうかさせてください。じゃないと私、


「うん、それくらいなら大丈夫だよ」

「ほんとですか!」

「ただし、左手ではメニュー持ったりしちゃダメだからね」

「はいっ」

《良かったね》

「うん!」


良かった、これで問題は何とか解決しそうだ。
…と言いつつ、この問題を解決したかった理由は、生活費のほかにもあるわけだけど。


「すいません、あともうひとつ、…これはちょっとした相談なんですけど…」

「相談?」

《言ってみて。私たちで力になれるなら何でもするから》

「ふふ、ありがとう」


不思議そうな2人を前に、ちょっとだけ緊張する。
けど、自分で考えてもわからなかったから聞くことにしたんだし、切り出した以上ちゃんと言わないと。


「…あの、男の人って、何をされたら喜ぶんでしょうか…」

《…男の人?》

「そ、そう!すごくお世話になってる人でね、せめてものお礼に何か――…」

「静雄が喜ぶことかあ…」

「しっ新羅さん!」


恥ずかしいからあえて言わなかったのに何でバレてるの!
居たたまれなくなって顔を手で覆えば、指の隙間から《ああ》と打ち込まれたPDAが見えた。


《静雄に何かしてあげたいのか》

「恥ずかしいから繰り返さないで…!」

「そうだなあ。僕だったらセルティからの愛が一番ほし…ぐふっ!」

《ふざけたことを言うな!》

「き、今日もいいパンチだねセルティ…!」


お腹をおさえながらうずくまる新羅さんなんて見えてないかのように、セルティが私の方を向く。
顔がないから当然どんなことを思ってるかわからないけど、セルティのまとう空気というか、雰囲気はなんだか朗らかな感じがする。


《美尋ちゃん、すごくいいと思う!》

「え?」

《静雄に感謝の気持ちを伝えたいんだろう?》

「う、うん…」

《やっぱり美尋ちゃんはいい子だ…!》


今までに見たことがないくらいのスピードでPDAに入力していったセルティは、相当興奮しているらしい。
あ、新羅さんやっと復活した。


「静雄は解衣推食な人物だけど、美尋ちゃんはまさに報恩謝徳といったところだね!」

「え、…え?」

《新羅、あまり混乱させるな》

「ああごめんよ。つまりはね、」


静雄は情に厚くて、美尋ちゃんは受けた恩に最大限の力で報おうとしている、ということさ!
…うん、確かにその通りなんだけど、こうも説明されると本当に恥ずかしくなってくる。
感謝の気持ちっていうのは悪いものじゃないし、そんなに照れることじゃないんだろうけど。


「そうだね、手料理とかどうかな?」

「手料理?」

「喜ばない男はいないと思うよ!」

《今の美尋ちゃんにはまだ難しくないか?》


よくぞ言ってくれましたセルティ。
そうなんだよね。静雄さんが外食多いってのは知ってるけど、家に呼ぶのもなんか緊張するし、あがりこむなんてもってのほかだし…
とにかく、今の私たちの関係を考えると難易度が高い。


《喫煙具をプレゼントしたらどうだ?ほら、静雄は煙草を吸うし》

「医者の立場からそれはおすすめできないかな」

《そうか…》


なかなかいい案が浮かばなくて、次第に空気が重くなっていく。
静雄さんがどんなものが好きかなんてわからないけど、本人に聞くわけにもいかないしなあ…


「……物をあげるにしてもそんなに高いのは無理だけど、私、自分が頑張って働いたお金で、静雄さんにお礼がしたいんです」

「だからバイトをしたがって…」

「はい…」

《…新羅、出ないはずの涙が出そうだ》

「安心してセルティ、僕もだよ」


やっぱり養子に来てくれないかなあ、なんて新羅さんの呟きは聞こえない。誰がなんと言おうと聞こえない。
…一晩考えても出なかった結論なんだ。もう本人に聞いちゃった方がいいのかな。


「そうだ。この前話してた静雄の先輩って人に聞いてみたら?」

「先輩…あ、」

《そうだな。私たちよりも静雄と一緒にいるし、それがいいよ》

「…ありがとうございます!」


思い立ったら吉日と言わんばかりに、出された紅茶を飲み干して立ち上がる。
私の勢いに新羅さんは目を丸くし、(多分)セルティも驚いてるけど、そんなことは関係ない。


「じゃあ私、静雄さんたち探しに行ってきます!」

「い、行ってらっしゃい…」

《…元気な子だな》

「本当、静雄は幸せ者だね」


静雄さんの欲しいもの、喜ぶもの。
そのことだけに頭を支配された私に、2人の言葉は届かなかった。


 



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