『もしもし美尋っち!?ドタチンに聞いたんだけど、具合大丈夫?ちょっ…何すんのよドタチ、』

『あー、大槻か?具合どうだ?』

「あ、はい…おかげさまで、もうかなり良くなりまし、た」


なんていうか、元気だなあ。

長い長い1日が終わり、目が覚めた朝。
起きた瞬間まず驚いたのは、当たり前のように静雄さんが横で寝ていたことだった。
今でこそ落ち着いているけれど、昨日わたしは確かに39度以上あったわけで。
…まあ、静雄さんが丈夫なことは嫌ってくらいわかっているのだけど。

そして更に驚いたのは、起きて少し経ってから「そういえばお前が寝てる間すげえ電話鳴ってたぞ」と言われて見た携帯だった。
狩沢さんに杏里ちゃん、あとは2つの知らない番号。
それは今まで見たことがないくらいの量で、「心配って可視化出来るんだ…」とついこぼしてしまったほどだった。


『…ああそうだ。着歴に知らない番号あっただろ?それ俺の番号だから、一応登録しておいてくれ』

「あ、はい、わかりました」


どっちかはわからないけれど、どうやら2つの知らない番号の内、片方は門田さんの番号だったらしい。
後で静雄さんに確認させてもらおう。


『…とりあえず、解決したみたいだな』

「え?」

『いや、切羽詰まってる感じだったから気になってたんだよ』


でも、声を聞く限り大丈夫そうだな。
そう続けた門田さんの言葉に、やっぱりわたしは色んな人に心配をかけてしまったのだと、改めて思う。


「本当に、すいませんでした」

『…ま、これからは控えるようにな』


確かに、昨日みたいなのは二度とごめんだ。そう思い、苦笑しながら「はい」と返せば、


『ああ、そうだ。伝えなきゃならねえことがあったんだ』

「え、何ですか?」

『紀田のことなんだがな。あいつ―…』



******



「そんじゃ俺は喫煙所行ってるから、終わったら電話しろよ」

「はい、わかりました」

「お前だって本調子じゃねえんだから、無理にしないようにな」

「ふふ、ありがとうございます。出来るだけ早く連絡しますね」

「ん」


わたしの頭に手を乗せて、静雄さんは喫煙所のある方へと歩いていった。
その背中を見ながらくるりと踵を返したわたしは、杏里ちゃんから受信したメールの3桁の数字を脳内で復唱する。


『あいつ、入院することになったんだ』


門田さんからそう聞かされて2時間。
臨也さんの所へ行っている間に怪我をしたという紀田くんを見舞うため、わたしは来良総合病院を訪れていた。

…なんて言ってみたけれど、実際は自分の診察をしてもらうためでもあった。
それが新羅さんから課された、お見舞いと帰宅の条件だったからね。


「っと…ここか」


それにしても紀田くん、命に別条はないみたいで良かったなあ。
そんなことを考えながら歩いていると、杏里ちゃんから教えてもらったのと同じ部屋番号を見つけ、動いていた足がピタリと止まる。


「…紀田、正臣」


プレートに書かれている名前を確認し、ごくりと唾を飲む。
そうしてゆっくりとドアに手をかければ、


「…え、美尋さん?」


ぐるぐると包帯が巻かれた痛々しい紀田くんが、ベッドに横たわっていた。


「えっと…ごめんね、いきなり来て」

「何、で…」

「…門田さんが教えてくれたの。あと、杏里ちゃんもね」


ここ座っていいかな。
コツコツと靴を鳴らしながら言ったわたしに、紀田くんはただ目を丸くしていた。


「…わたし、門田さんからは何も聞いてないから、昨日紀田くんに何があったのかはわからないけど」

「………」

「でも、命に関わるような怪我じゃなくて良かった」


ここ数日間で数年分の寿命が縮んだ気がする。


「…そんなこと言って、美尋さんの方が死にそうな顔色っすよ?」

「え、これでもだいぶマシになったんだけど」

「え、具合悪かったんすか」

「昨日39度あったよ。まあ大人しくしてなかったから当然なんだけどねー」


マジかよ。
小さな声で呟きながらまた目を丸くした紀田くんに、初めてマスクをつけていないことを思い出した。


「あ、ごめっ、一応咳とかは出てないから大丈夫だと、思うんだけど」

「いやいや、そっちに驚いたんじゃないっすよ!」

「え?」

「具合悪いなら大人しく寝てなきゃ駄目っしょ!」

「す、すいません」


自分の身体の方がよっぽど大変な状況なのに、紀田くんはいい子だなあ。
そんなことを考えながら謝れば、紀田くんは少しだけ眉間に皺を寄せる。


「…大人しくしてなかったって、歩き回ってでもいたんすか?」

「あー…えっと」


昨日わたしが何をしていたかっていうのは、話していいことなのだろうか。
一瞬口元に手を当てたわたしは、


「何でもない。気にしないで」


彼にひとつ、嘘を吐いた。


「…美尋さんのことだから、風邪引いたって気付いてなかったんでしょうけど」

「えへ、ばれてる」

「ったく、そんなんじゃ静雄さんに怒られますよ!」

「ふふ、もう怒られましたー」


いたずらっ子のように笑った紀田くんは、「幸せそうな顔しちゃって!」とわたしの肩口を軽く小突く。
こんな時に臨也さんの話とか聞きたくないだろうと思ってつい誤魔化しちゃったけど、この反応を見る限り、その選択で正解だったらしい。


「…怪我はしてる、けどさ」

「はい?」

「何か紀田くん、スッキリした顔してる。いいことあったんだね」


最後に会った時とは比べ物にならない様子にそう言えば、紀田くんは一瞬驚いたような顔をして、すぐに笑う。


「はい」


それは多分、今まで見た中で1番と言えるくらいに、穏やかな笑みで。


「ずっと様子がおかしかったから心配だったけど、元気になったみたいで良かったよ」

「ハハ、ばれてたんすか」

「だって明らかに様子違ったもん、それくらいわかりますー」


わたしの言葉に「すいません」と言いながら笑う紀田くん。
その笑顔に、ここ数日間抱いていた不安が消えていくのを感じた時。


「…あ、もうこんな時間」

「あ、何か用事すか?」

「ううん、静雄さんが一緒に来ててくれててさ。今は喫煙所にいるんだけど、具合悪いんだから無理するなって言われてたんだよね」


本当はもうちょっと話したいけど、お互いぼろぼろな状態だしね。
そんな思いは口に出さないまま腰を上げ、もう一度紀田くんと目を合わせる。


「わたし、静雄さんと付き合ってるけどさ」

「はい」

「そういうのとは違くて、紀田くんのこと大好きだから」


だからもう、あんまり無茶とかしないでね。
苦笑しながらわたしが言えば、


「俺も美尋さんのこと、そういうのとは違くて大好きなんで」


美尋さんこそ、無茶しないでくださいよ。
その言葉に笑いあって、わたしは紀田くんの病室を後にした。


 



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