「ん、起きたか」
「…おはよう、ございます」
「具合どうだ?」
「だいぶマシになった気が、します…」
ぱちぱちと瞬きを繰り返しながらそう言えば、静雄さんは至極安心したように笑って、わたしの頭に手を乗せた。
どれくらいの時間寝ていたのかはわからないけれど、とりあえず、ある程度は回復したらしい。
「あの、静雄さん」
「ん?」
「もしかして、わたしが寝てる間、ずっとここにいてくれたんですか」
「そうだけど」
それがどうした、当然だろ。
そう言いたげな瞳で言われ、返す言葉もなくなった。
「じゃあ新羅呼んでくるわ」
「…あ、はい」
おでこに軽くキスをした静雄さんは、ゆっくりとわたしの頭から手をどけて、静かな音を立ててリビングの方へと向かって行った。
動作のひとつひとつがいつもより穏やかで、静かで。
きっと何もすることがなくて退屈だっただろうに、口をきくこともないわたしの横に、ずっといてくれて。
いつもなら幸せを感じる静雄さんの優しさが、今のわたしには、ただただ苦しかった。
******
あれから15分。
これ以上ないくらいにうるさい心臓は、何を思ってそんなに速く動いているのだろう。
「熱だいぶ下がってたな」
「です、ね。ゆっくり寝られたからだと思います」
新羅さんとセルティ、そして静雄さんに囲まれて熱を測り、冷えピタを代え、軽いものを食べて薬を飲んだわたしは、15分前同様静雄さんと2人きりになった。
…眠る前の会話から考えれば、きっと話をするタイミングっていうのは、今なんだろうなあ。
そんなことを思いながら静雄さんの方をちらりと見れば、眠る前とは比較にならないくらいに穏やかな顔をしていた。
「…あ、の。静雄さん」
「ん?」
「……さっきの、話、していいですか」
そう言った瞬間静雄さんの表情が強張った気がしたのは、多分勘違いなんかじゃない。
けれど静雄さんは「ああ」と小さい声で言って、わたしの目をしっかりと見た。
そしてわたしは、大きく息を吸い込んで。
「臨也さんの所に行ってごめんなさい、静雄さんを撃った人のことが許せなかったけど、静雄さんが名前を挙げた紀田くんはわたしの友達でもあったから疑えなくて、それで、何か知ってるだろうと思って臨也さんの所に行きましたッ」
「お、おう…」
はあ、はあ。
状況に似つかわしくない勢いで言い切ると、圧倒されたかのように静雄さんは目を丸くした。
そしてわたしは息つく間もなく、
「ここまで聞いて静雄さんは、」
「あ?」
「わたしと別れたいと、思いましたか」
その問いを口にした瞬間、わたしの心臓は更に速くなり、静雄さんの眉間に皺が刻まれた。
「…何だよ、それ」
「……わたしは、別れた方が静雄さんのためなんじゃないかって、思いました」
うつむいたまま言って、シーツをぎゅっと握りしめる。
…自分から言っておきながら静雄さんの顔見られないなんて、どんだけずるいんだ、わたしは。
「…何でそう思ったんだよ」
「…臨也さんに言われたんです。静雄さんが…可哀想だって」
「…俺が?」
うつむいたまま頷けば、静雄さんが小さく舌打ちをする音が聞こえた。
何を思ってそうしたのかはわからない、けれど。
「…わたしは、エゴの塊なんです。静雄さんのことが好きなのに、自分の意思を曲げることも出来ずに、静雄さんが嫌がることをしちゃって。それすらも、静雄さんが好きだからって正当化して」
「………」
「…こんなの最低だって、結局は自分のことしか考えてないからだって、わかってるんですけどね」
この期に及んで静雄さんに嫌われたくないだなんて思ってる自分に反吐が出る。
そんなの、わたしに望む権利なんてないのに。
「…俺の所においで、って」
「……あ?」
「静雄さんと別れて自分の所にくれば、もう静雄さんには手は出さないって。そうすれば、こういうことでわたしが静雄さんに嫌な思いをさせることもなくなるって、言われました」
そしてその言葉通りになるなら、きっと静雄さんは、もう臨也さんによって命を狙われることもなくなるのだろう。
…なんて、臨也さんが素直に約束を守ってくれるわけがないんだけど。
「…それだけか」
「…え、」
「臨也に言われたのはそれだけか、って聞いてんだよ」
思わず顔を上げて静雄さんの表情をとらえれば、相変わらず不機嫌そうな顔が目に入る。
そして肯定の意味を込めて頷けば、静雄さんは心底嫌そうに息を吐いた。
「お前は何で帰って来たんだよ」
「…それ、は、」
「別れ話をするためか?」
「ッ、」
否定すればいいのか肯定すればいいのか、いざこの状況になって初めてわからなくなった。
何度も何度もこのシチュエーションを頭に思い浮かべたのに、その答えだって、決まってたのに。
「静雄さん、が、」
「ん」
「別れたいって、耐えられないって思ったなら、もう別れようって、ッ」
そう思っていた。
確かに数分前までは、そう覚悟を決めていたというのに。
「美尋」
「は、い…っ」
「俺は別れたいなんて思ってねえ」
「、っ」
わたしの頬に優しく触れて、顔を覗き込むように背中を丸めて、熱いわたしのおでこに、おでこをコツンと合わせて。
「お前は?」
そんな風に聞くなんて、ずるいと思う。
「別れたいわけ、っないじゃないですかあ…っ」
ぐしゃぐしゃになった顔を服の裾で擦りながら、情けない涙声で言う。
ああ、やっぱりわたしは最低な女だった。
静雄さんに嫌な思いをさせておきながら、別れた方が静雄さんのためだと知りながら、自分の思いを優先させてしまう。
「美尋」
「…ん、っ」
何ですか、と聞く間もなく塞がれた唇は、本当は拒まなきゃいけないのだと思う。
いくら静雄さんが丈夫だとはいっても、こっちは37度以上あるんだ。
けれどそんな思いに反し、わたしの腕は静雄さんの首に回る。
「…静雄、さん」
「…ん?」
「ごめんなさい、」
大好きです。
小さな声で言って、わたしはもう一度目を閉じた。