時々、わたしは本当に馬鹿なんじゃないかと思う。
そりゃあ頭が良いとは自分でも思っていないけれど、いわゆる“お嬢様学校”だとか“進学校”としてこの界隈では有名な女子高を卒業したんだ、馬鹿ではないつもりだった。
「ま、勉強が出来るのと馬鹿じゃないのは必ずしもイコールじゃないからねえ」
「…それはフォローですか」
「さあ?」
なるほど。ここにやってきた瞬間からわかっていたことだけど、やっぱり新羅さんは怒っているらしい。
あの後まっすぐ新宿駅に向かったわたしは、ここ1日半で3度目の“緊張の糸の途切れ”に襲われ、立っているのもままならないくらいになった。
そこで初めて携帯の電源を入れて(なぜか切られていた。多分臨也さんの仕業だと思う)、着信履歴の一番上にあった新羅さんに電話をかけたわけです。
そして迎えに来てくれたセルティによって新羅さんの家まで強制連行され、今に至るわけですが。
「美尋ちゃん、静雄と生活してて、体質まで静雄みたくなったんじゃない?」
「…なんですか、藪から棒に…」
「ほら」
ピピ、という音に続いてそう言った新羅さんが、わたしに体温計を見せる。
……わお。
「39度以上あってよく普通に動けたね」
「火事場の馬鹿力…でしょうか」
「そうじゃなかったら本格的に静雄化してる証拠だよ」
当然と言えば当然だけど、今わたしは死にそうなくらいに調子が悪い。
自覚はそこまでなかったけれど、わたしは新羅さんの家を飛び出す前から熱があったわけで。薬も飲んでいなかったわけで。なのに、雨の降る中臨也さんのいる新宿まで行って。
…うん、やっぱりわたしは馬鹿みた、
「おい」
みたいだ、と自分自身に呆れてため息を吐こうとした瞬間、少し離れた場所から聞こえてきた短い言葉。
それはあまりにも聞き慣れた声過ぎて、わたしの身体が一瞬にして強張る。
「ごめんセルティ、雨の中わざわざありがとう」
そう言いながら、寒気とは別の意味でガタガタと震えるわたしなんてお構いなしで、新羅さんは静雄さんの後ろにいるセルティの元へ駆けていく。
…なるほどね。わたしを寝かせてすぐにどこかに行ってしまったと思っていたけれど、静雄さんを迎えに行ってたのか。
「それじゃ、僕らはあっちにいるから」
「え、あの…ッ」
「おう」
「あ…」
わたしの言葉なんて聞こえてないみたいに、静雄さんの返答だけを確認した新羅さんは、セルティの肩に手をまわして部屋を後にする。
…や、やけにいい笑顔だったな。
そんなこと考えながら自分の身を案じていると、いつの間にかすぐそばまで来ていた静雄さんの視線に気付いた。
「美尋」
「は、…い」
「大丈夫か、具合」
「え」
怒られると思ってた、のに。
普通に体調を心配されるとは思いもしなくて、ついそんな言葉が漏れてしまう。
「え、あ、の」
「どうした?」
「なん、で」
何で怒らないんですか、なんて、おかしな疑問だと自分でも思う。
けれど相手はあの静雄さんだ。こういう状況で怒られないというのは、それはそれですごく怖い。
「…あいつのとこに行ったっつーのはセルティから聞いてるし、正直、すげえイライラしてる」
「………」
「けど、お前具合悪いだろ。そんな真っ青な顔してる奴にキレられるほど、俺も見境なくはねえってだけだ」
それに、俺のためだったんだろ?
言いながらわたしの頭を撫でた静雄さんは、ここに来て初めて笑顔を見せてくれた。
それは純粋な、というにはあまりに苦しそうだけれど、それでもわたしは、これ以上ないくらいに安心してしまって。
「しずお、さ、」
「…どうした?」
「しずお、さん」
静雄さんの嫌がることを、あなたが好きだからと正当化したわたしなのに。
なのに静雄さんはどこまでも優しくて、ぼやける視界にうつる姿が少しずつ歪んでいく。
「ごめ、なさ…っ」
「…ん」
静雄さん、静雄さん。
何度も確かめるように名前を呼べば、ゆっくりと身体を起こさせた静雄さんは、わたしをそっと抱き締めた。
その香りとぬくもりが嬉しくて、でもそれと同時に、抱き続けた罪悪感が急速に広がって行く。
「ちゃんと、話し、ます…ッ」
「…ん、後でな」
「…ッ、う、」
わたしは、どうしたらいいんだろう。
大好きな静雄さんの香りを肺いっぱいに吸い込みながら、わたしはひとり考えた。