「美尋、何かいいことあった?」

「え、何で?」

「何かよくわかんないけど、今日すごい楽しそうだから」


いちご牛乳をちゅーちゅー吸いながら、友達の綾ちゃんが呟いた。
週の始まり月曜日、お昼休みの教室での会話である。


「週末に色んな人と出会ってね」

「男の人?」

「女の人もいるけどほとんどは男の人だよ」

「何それうらやま!」


自宅から持ってきた手作りのおにぎりをもぐもぐ食べながら話せば、綾ちゃんはとても悔しそうに顔をゆがませた。
ああああ綾ちゃん、そんなにぎゅっと握ったらパックからいちご牛乳出ちゃうよ!


「で、どんな人たちなの?」

「えっとね、この前バイト終わりに男の人に絡まれたんだけど…その時に助けてくれた人がいてね」


知り合ったのはみんなその人のお友達なんだけど、優しくていい人たちばっかだよ。
私が笑ってそう言えば、綾ちゃんはさも呆れたと言わんばかりにため息を吐く。


「そういうのじゃなくて!いい人いないの?」

「? だからみんないい人だよ」

「恋愛的な意味でだよ」

「あー……」


恋愛か、とひとり心の中で呟く。
新羅さんはセルティがいるし、トムさんとサイモンさんはまだまだ未知の人だし、ゆまっちさんは二次元にしか興味がなさそうだし、門田さんはあの兄貴っぷりだから彼女はもういるだろうし…


「よくわかんない」

「…はあ」

「何で呆れるのー」

「だって美尋からそういう話全然聞かないし」


私だって年頃だし、興味がないと言ったら嘘になる。
けど今はそんな暇があったらお金稼ぎたいし、何より好きな人って無理やり作るものじゃないしなあ。


「その助けてくれた人ってのは美尋的にどうなの?」

「え?」

「ものすごい少女漫画的な展開じゃん、それって」


綾ちゃんに言われてものすごく納得した。
小さい頃に読んだきりだから最近のとは比較出来ないけど、少女漫画はいつだって非日常の出会いに弱い。


「ちょっと詳しく聞かせてよ、その辺の話」

「えっと、金曜日のバイト終わりに、帰ろうとした時なんだけど」

「うんうん」

「3人組の男の人に絡まれて困ってたら、男の人が助けてくれて――…」


その人を仮に、Aさんとするね。
そんなことを言いながら、手首を捻挫してしまったこと、そして責任を感じた彼が、知り合いのお医者さんの元へ連れて行ってくれたのだとあの日の夜を思い返しながら話す。


「…まさに運命の出会いじゃん!」

「綾ちゃん漫画の読みすぎだよー」

「いいや、これは確実に運命の出会いだって!」


驚くだろうから自販機のことは言わないでおいたけど、それでも偶然のすごさってものを感じた2日間だった。
いや、この場合は静雄さんの顔の広さって言った方がいいのかもしれないけど…なんて考えていると、綾ちゃんに続きを促される。


「ええと、それで私の身の上とか色々話したのね」

「あー、お父さんとお母さんのこととか?」

「そうそう。そしたら、今度飯連れてってやるって言われて」

「行ったの!?」

「うん、一昨日ね」


まるで自分のことのようにもだえ喜ぶ綾ちゃんを見ながら、静雄さんのことを考える。
……考えれば考えるほど、迷惑をかけてばかりな2日間だった。今度何かお礼できたらいいんだけど。


「で、で、飯のこと言われて?」

「えーっと…ああ、家まで送ってくれた。で、次の日…あ、土曜ね。また来るようにお医者さんに言われてたから、起きてから行こうとしたら…」

「うんうん」

「道がわからなかったの。でもその時、バイト先の近くで仕事中のAさんを見かけて」


声をかけて道を教えてもらった後、道に迷ったらかけろって携帯の番号教えてくれてね。
あと、今日飯食いに行くぞー迎えに行くからお医者さんの家でそのまま待ってろーって言われたよ。

途中飲み物を飲みつつそう言えば、黙って聞いていた綾ちゃんの肩がわなわな震えているのに気付く。


「……何それうらやましい!」

「綾ちゃんそれさっきも言ったよ」

「だって本当にうらやましいんだもん!…で、ご飯は何食べたの?」

「お寿司」

「お寿司!?」


さっきまで目をとろんとさせて話していた綾ちゃんが、一転目を輝かせた。
やっぱみんなお寿司好きなんだね。


「あ、高いから遠慮はしたよ?けど俺が食いたいからって」

「すごいねその人。社会人?」

「ガンガン社会人。たしか今年で23とか言ってたかな」

「すごいいい年齢!」


何がいいのかよくわからない。
とりあえずその後の門田さんたちのことも簡単に話しておいたけど、綾ちゃんはすっかり静雄さんの優しさに夢中だ。
…これは自販機のことは言えないな。


「美尋はその人のことどう思ってるの?」

「…実のお兄ちゃんか、優しい近所のお兄ちゃん?」


どっちにしてもお兄ちゃんかよ、という突っ込みを聞きながら、おにぎりの最後の一口を含む。
だってまだ知り合ったばかりだし、これからのことなんて全然わからない。
なのにおにぎりをもぐもぐしている私を見る綾ちゃんの眼差しは残念な人に向けるもので、何だかあまり気分がよくない。


「そんな目で見ないでよー」

「だってさー…まあ、無理に恋しろなんて言わないけど、」

「けど?」

「美尋には幸せになってほしいんだって。美尋にその気がないなら私は何も言わないけどね」

「綾ちゃん…!」


まるでお姉ちゃんだ、なんて思いながら抱きつこうとしたらやんわりと拒否された。どういうことだ。


「話を聞く限りすごくいい人そうだし。その人と仲良くね」

「…うん」

「…何その笑顔」

「ふふー」


お父さんもお母さんもいないけど、お金も全然ないけど、その代わり私の周りはいい人たちで溢れてるなあ。
そんなことを考えながら飲み物を飲めば、お昼休みの終わるチャイムが聞こえた。


 



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