どこで何がどうなって、こんなことになってしまったんだろう。
いくら考えてもわからない疑問が脳内をぐるぐると巡り、頭がまた痛くなる。

本当は、その名前を聞きたくなかった。
わたしに向けてくれていたあの笑顔を、静雄さんと付き合っていると報告した時の様子を、わたしが無茶をした時の苦しそうな顔を、嘘だと思いたくなんてなかった。

けど聞き間違えたという言葉で済ますには聞き慣れた名前過ぎて、信じるには、つら過ぎて。
そしてそれ以上に、静雄さんを撃った人のことが、わたしは許せなかった。


「…大槻か?」

「あ……門田さん、」


あれからわたしは、新羅さんの制止も振り切り彼の家を飛び出した。
そうして向かった場所が自宅…というのは何とも格好が悪いけれど、これからの予定において必要不可欠なものを取りに行ったから、ということで目をつぶってほしい。

ちなみに取りに行ったものは携帯とお財布、そしてこれからの予定は…なんて、目的地に向かい歩きながらこれまでのことを考えていると、聞き慣れた声が耳に届いた。


「お前…顔色悪いぞ、大丈夫か?」

「あはは…少し体調が悪いだけですよ」


ワゴンから降りてきた門田さんにそう返せば、怪訝そうに眉をしかめられてしまった。
こんな所で立ち止まってるわけにはいかないから、うまいこと誤魔化されて欲しかったんだけど―…どうやら、そういうわけにもいかないらしい。


「…どこか行く所か?」

「…はい」

「どこに行くんだ?」

「…………」


これから時間ありますか、と数分前に電話をかけた人の顔が頭をよぎり、つい黙り込んでしまった。
門田さんは、わたしの行き先を聞いたらどう思うだろう。
…きっと、止めるんだろうな。


「…言えないような場所に行くのか?」

「…知り合いの所 です」

「それにしちゃ、ずいぶんと強張った顔するんだな」


呆れたような声色で言う門田さんに、全てを見透かされてるような錯覚に陥る。
その言葉は、まるでわたしの様子がおかしい理由が、体調不良以外にもあるとでも言わんばかりだ。


「何しにどこへ行くのか知らねえが、やめておけ」

「…どうして、」

「じゃあ、簡潔に聞く。お前が死にそうな顔色で会いに行く知り合いの場所っつーのは、静雄にも言える所なのか?」


あまりにも簡潔に、門田さんはわたしの心臓を言葉でえぐった。
…門田さんはもう、わたしの行き先なんて、何をしに行くかなんて、全てわかっているんじゃないのか。


「…もう一度だけ言うが、やめておけ」

「………」

「静雄云々は抜きにして、顔色が悪すぎる。ぶっ倒れでもしたらどうすんだ?」


ため息を吐いて言った門田さんの様子に、本当に申し訳なくなった。
きっと門田さんは、わたしが半端じゃなく具合が悪いことも、自分から何かに身を投じようとしていることも、みんなみんなわかっているんだ。

だからわたしだって、本当は言うとおりにしたいのだけど。


「…前に、『静雄さんに何かあったら』って話したの覚えてますか?」

「……?」

「去年の…お正月だったかな。わたし、門田さんに『生き急ぐな』とか『静雄に心配かけるな』って言われたんですよ」

「ああ、」


あの時か。
思い出したように言った門田さんの声を聞きながら、傘の持ち手をぎゅっと握る。


「わたし、ちゃんとその言葉覚えてるんです。…でも、どうしてもやらなきゃいけない時ってあるんです」

「………」

「…怖くても、具合が悪くても。…今がその時なんです」


静雄さんに何かあったら。
あの時はその言葉の続きなんてわからなくて、正直、今だってわからない。
静雄さんのことを撃った人間が誰かわかったところで、わたしはどうするのかわからない。
けど、


「ごめんなさい、門田さん」

「…何で謝るんだ」

「わたしは結局、周りに心配をかけるやり方しか選べない人間みたいです」


苦笑しながら言えば、まるで静雄さんのように頭を掻いた門田さんは、わたしの頭にぽんと手を乗せた。
結局のところ、静雄さんの言葉を信じることも出来ず、紀田くんも疑えず、何もかも中途半端なわたしは、中途半端なことしか出来ていない。


「大槻」

「はい」


それなのに、門田さんはあまりにも優しくわたしに触れるものだから。
もう、これ以上ないくらいに胸が苦しくなってしまう。


「無茶はするな」


はい、と言えない自分がどうしようもなく嫌になる。
けれど門田さんは、わたしのそんな気持ちもわかっているのだろうから。


「行ってきます」


ぺこ、と頭を下げて駆けだした池袋の街は、どこまでもいつも通りだった。
ただひとつ、黄色い布をまとった少年たちがいない、ということを除いて。



******



「やあ、いらっしゃい」


恭しく両手を広げてわたしを招き入れたその人は、それはそれは楽しそうに笑った。


「おや、来客かね?」

「ええ、それも上客ですよ。波江さん、紅茶淹れてくれる?」

「はいはい」


いや、いいです。
そう遠慮しようとしたのに、いつも以上に楽しそうな臨也さんの目に射抜かれ、その言葉は飲み込まざるを得なくなった。

いつもと同じ臨也さん、波江さんと呼ばれた綺麗な女性、そして作業用のマスクみたいなものをつけた人。
ここに来るまでのわたしの想像とは全く違った空間と光景に、また頭が痛くなった気がする。


「さて美尋ちゃん」

「は、い」

「わざわざ来てくれるなんて嬉しいよ」


ようこそ。
それはきっと、今のわたしにとって、世界で一番最悪な歓迎の言葉だった。


 



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