「……う、」
ゆっくりとまぶたを開き、同時にガンガンと痛み出した頭を押さえる。
いや、もしかしたら、頭の痛みで目が覚めたのかもしれない。
「…えっと」
ああそうだ。
確かあの後、少ししてからお風呂に入るようにすすめられて。
心労とか緊張の糸が切れたとかだと思うけど、何だか頭がくらくらしてきて、いつの間にか帰ってきていたセルティが様子を見に来てくれて…わたしは倒れるようにして眠ってしまったんだ。確か。
「…ゴホッ」
携帯も持ってないし、時計のないこの部屋では今が何時かはわからないけど、とりあえず部屋を出よう。
そう思い、痛む体を起こしてリビングへ歩いていけば、
「美尋さん…?」
「杏里、ちゃん?」
もしかして、わたしはまだ夢でも見ているのだろうか。
いや、この前だって杏里ちゃんはセルティに連れられてここに来ていたわけだし、…でも、昨日の夜来た時にはいなかったみたい、だし。
「おはよう美尋ちゃん。具合はどう?」
「え、あ、はい」
「ちょっとごめんね」
言いながら、おでこを触ったり口を開けさせてきた新羅さんの言葉によると、杏里ちゃんはあの日以来ずっとここにいて、加えてずっと寝ていたらしい。
つまり昨日わたしがやってきた時も、杏里ちゃんは寝てはいたけどここにいたわけで。
「うん、少しは下がったみたいだね」
「え?」
「けどまだ安静にしてた方が良さそうだから、とりあえずこれでも食べて薬飲もうか」
下がっただとか安静にだとか、何を言っているんだ新羅さんは。
渡されたヨーグルトを手に、寝起きのせいかクラクラする頭のまま問おうとすると、どこかから物音がした。
「あれ?もう目が覚めたのかな。結構強い鎮静剤を喰らわせてやったのに」
「鎮静剤、って」
ってことは、つまり。
またうるさく鳴り出した心臓のまま、音が聞こえてきた方向に目を向ければ、
「おい、俺の―…」
「…ッ」
「…あ?美尋?」
パタパタ、なんて可愛いものじゃない。
ヨーグルトを新羅さんに押し付けて駆けだしたわたしは、勢いよく静雄さんに抱きついた。
「何でお前がここに、」
「静雄さんが何も連絡してこないからじゃないですかッ」
「あ、あー…そうだな、悪い」
「思ってないでしょ!」
わたしがどれだけ心配したと思ってるんですか、死ぬほど心配して死ぬかと思ったんですよ!
雨に打たれながらここまで走ってきていた時のことを思い返し、つい攻め立てるような言い方をしてしまう。
「悪かったって。ごめんな」
「…………」
「でも別に何ともねえから」
銃で撃たれたっていうのに、この人は何を言っているんだろう。
けれど当の本人はどこまでもいつも通りで、その様子に、わたしはひどく安心してしまう。
「やあ。ちょうどさっき、君の弟がTVに出てたよ。映画主演だって?おめでとう」
「あー、幽か。そういや前にんなこと言ってたな」
新羅さんの言葉に、静雄さんはわたしの頭を撫でながら返す。
何で撃たれたっていうのにこんなに普通なんだ、というのは、静雄さんを前にもはや意味のない疑問なのだろうか。
「ていうかさ、静雄さぁ…君は撃たれて足と脇腹の筋肉の一部が激しく損傷してたわけだけど……何でもう普通に立って歩いてんの?」
「何でって…立って歩けるからに決まってんだろがよ」
やっぱり静雄さんは静雄さんだった。
けれど体をひいて撃たれたという箇所に目を向ければ、包帯に血が滲んでいて、思わず眉間に皺が寄る。
「し…静雄さん…どうして…ここに?」
「ん…?あー…ヤベ、誰だっけ」
「あの子ですよ。斬り裂き魔に遭った時に一緒にいた子です」
わたしがずっとお見舞いに行ってた友達です。
そう付け加えて説明したけれど、斬り裂き魔に遭った時に一緒にいた、という点については思い出せないらしい。
「彼ね、昨日銃で撃たれたんだってさ。足と脇腹に弾丸くらって、バランス崩してすっ転んでる間に撃った奴らに逃げられてんだよ、間抜けだよねぇ」
「……死ぬか?」
「怒りますよ新羅さん」
「心の底からごめんなさい」
静雄さんのこと間抜けだなんて言わないでくださいっ。
心の中で思いながら言えば、静雄さんに睨まれた新羅さんはものすごい速さで土下座をした。
「っていうか、美尋ちゃんも安静にしてなきゃ駄目だよ」
「え?」
「君熱あるんだから。ほら、これ食べてちゃんと薬飲もうね」
まるで子供に言い聞かせるかのように、わたしが放り出したヨーグルトを再び手渡してくる新羅さん。
…え、熱って。
「お前熱あんのか?」
「いや、知りませんでした」
「あれだけの土砂降りの中、傘も指さないで来たんだから当然と言えば当然だけどね」
「は?」
どういうことだと言わんばかりの静雄さんに、「撃たれたって、君の代わりに僕が連絡したんだよ」と新羅さんが言う。
そうか、わたしは熱があるのか。どうりで頭が痛くてけだるいわけだ。
と、納得したのもつかの間。
「傘指せよ馬鹿!」
「馬鹿って…そんな余裕あるわけないじゃないですか!」
「ほらほら、杏里ちゃん驚いてるからその辺にして」
すぐにお風呂に入れさせなかった僕の責任だし、と言いながら苦笑する新羅さんに促され、少しだけむっとしながらソファーに座る。
別に、今回のことは誰のせいでもない。というより自分が悪いのだから誰のことも責める気にはならないけど、そんな言い方しなくてもいいじゃないか。
「それだけ心配してくれたってことなんだから、静雄もそういう言い方しちゃダメだよ」
「………」
わたしの気持ちを代弁してくれた新羅さんの言葉に、静雄さんは何も返さない。
けれどわたしのすぐ横に腰かけたということは、つまりは、少なからず申し訳ないと思ってくれているのだろうか。
「…本当に心配したんですからね」
「…ああ」
「…何で、撃たれたんですか?」
目の前に座る杏里ちゃんの視線を感じながら、すぐ横にいる静雄さんに問う。
確かに、静雄さんが無事で良かった。けれど、無事だったからそれでいいというわけでも、ないわけで。
「まさかいきなり撃たれたわけじゃないですよね?」
「あー…何かよくわかんねえけど絡まれてな。適当に相手したら撃たれた」
目を丸くする杏里ちゃんと、呆れたような表情の新羅さん。
適当に相手したとか言ってるけど、多分世間一般的にはボコボコにした、って感じだったんだろうなあ…
「最初は雨で滑って転んだんだと思ってたんだよ…そしたら、なんか腹と足からドクドク血が出ててな。ああ、撃たれたのかって気付いて、じゃあ相手をぶっ殺すかと思ったら…あいつら全員逃げ出しててよ。そしたらトムさんが、医者にいっとかねえと鉛中毒で死ぬとか怖いこと言うから…」
「…ってことは、誰に撃たれたかはわかってないんですか?」
「撃った奴はな」
なんていうか、どこまでも静雄さんである。
あくまで普通に状況説明をした彼に対し、ため息を吐きたくなったのはわたしだけではないようで。
「何でそこで闇医者の俺を頼るかね。君の身体切るのにメスが何本かイカれたしさ」
「銃創ってのは、警察に色々聞かれたりするから面倒なんだろ?だったらお前に頼んだ方が安いと思ってな」
いつの間にかむっとした表情を和らげた静雄さんは、眉間に皺を寄せるわたしに「痛くねえから大丈夫だ」と小さい声で言う。
…本当、そういう問題じゃないんですよ。
心の中で呟いたと同時に、大きなため息を吐いた新羅さんが口を開く。
「っていうか、どうするのさこれから」
「決まってんだろ」
出来れば聞かないでいて欲しかったことを口にした新羅さんに、何を言ってるんだとばかりの表情で静雄さんが返す。
「俺を撃ちやがった奴と−−それを命令したっつー、紀田正臣って奴をぶっ殺すだけだ」
それが、わたしと杏里ちゃんにとって、どれだけ残酷な言葉かも知らずに。