「今日は何か買う物あんのか?」


食料品とか。
そう付け足して言った静雄さんは、デスクの上に広げた荷物をしまうわたしの横で、書類をファイルに入れていく。


「いえ、今日は何も買わないです。…けど、その代わりセルティのところに行ってきます」

「…何でセルティんとこ?」

「魔女宅のDVD借りようと思って」


去年のハロウィンに話したの、覚えてません?
そんな思いを込めて静雄さんを見上げてみたけれど、案の定不思議そうな顔をされてしまった。


「セルティが魔女宅のDVD持ってるんですよ。久々に見たいと思って、借りに行くって昨日連絡してたんです」

「へえ」

「静雄さんも見ましょっ」

「ん、帰ったらな」


わしゃわしゃと髪を撫でる手が心地よくて、まるで犬になったような気分になる。
ご主人に褒められてる時の犬ってこんな感じなのかな。だとしたらすごい幸せだ。


「うっわ」

「え?」


それまでわたしたちの様子を微笑ましげに眺めていたトムさんが、窓の外を眺めて声を上げる。
どうし…あ、


「そろそろ雨降りそうですね」

「早いとこ回収行っちまうか、本降りになったら面倒だし」

「そうっすね」


腰を上げた静雄さんとトムさんに続き、わたしもカバンを手にして立ち上がる。
うーん、出来れば家に着くまでの間耐えてくれるといいんだけどなあ。


「ほら美尋ちゃん、」

「え?」

「傘。降るかもしんねえし、一応持ってっときな」

「…あ、すいませんっ。ありがとうございます」


トムさんに渡されたビニール傘を受け取れば、「迎えに行くから待ってろ」と静雄さんが笑う。
どうやらわたしは、いつだって静雄さんと一緒らしい。



******



「新羅さーん、セルティー」

「やあ美尋ちゃん、いらっしゃい」


事務所を出てすぐに降り出した雨はすさまじく、トムさんが傘を渡してくれなければ全身びしょ濡れになってしまうほどだった。
そんな中訪れてしまったというのに、新羅さんは気にする様子もなくいつもの笑顔でわたしを迎え入れる。


「ごめんね、今セルティちょっと出てるんだ」

「え、そうなんですか?」

「まあゆっくりしていきなよ、雨宿りがてらね」


雨宿りがてらって言ってるけど、迎えに行くからって静雄さん言ってましたよ、新羅さん。
でもまあこの感じならわざわざ伝える必要もないか、と渡されたタオルでカバンの水滴を拭う。
…あ、DVDは先にお借りしちゃっていいんですね。


「今日はバイト帰り?」

「あー…バイトっていうか、昨日今日と静雄さんのお仕事お手伝いしてるんですよ」

「え、取り立ててんの?」

「いや、事務の方です」


笑いながら言えば、新羅さんはあからさまにほっとしたような顔をした。
確かに静雄さんの仕事って言ったら事務よりは回収の方がメインに思えたりするし、それも仕方な、「僕らの娘がそんな危険なことをしてたとしたら、これは静雄から取り返さなきゃいけないところだったよ」

……そっちか。っていうか取り返すって何、そもそもわたしあなた(たち)の娘じゃ…ってこの突っ込みも何回目?


「しかし美尋ちゃんが事務とはね。うまく出来た?」

「はいっ。静雄さんと静雄さんの上司っていうか先輩さんが、ちゃんと教えてくれたので」

「そう、それは良かった」


あたたかいココアの入ったマグを手渡し、新羅さんが笑う。
何か懐かしいな、この感じ。


「新羅さんと2人だけで話すのって久々ですね」

「ああ、そういえばそうだね。2人きりって知られたら静雄に怒られちゃうかな」

「……あ、」

「え、何?」


笑いながら放った新羅さんの言葉に数時間前の出来事を思い出し、つい口から声が漏れてしまった。
…けど、これって話していいことなのだろうか。


「どうしたの?」

「…あの、男の人ってどんな時にやきもち妬きます?」

「やきもち?」


…さっきのアレ、わたしの勘違いだったとしたら相当恥ずかしいし、静雄さん自身のことも考えると正直に言わない方がいいよね。
そんなことを思いながら新羅さんを見れば、「そうだなあ」と考えるような仕草をする。


「まあ男に限らないけど、自分以外の異性と楽しそうに話してる時とかかな」

「…ッ」


まさにさっきの状況…っ!
いや、アレを静雄さんが“楽しそうに”と感じたかはわからないけど、…っていうか、静雄さんも放っとかれてるとか思う人なのかすら、わからないけどっ。


「もしかして、静雄がやきもちでも妬いた?」

「あ、いや、……妬いたのかを判断するために、聞いてみました」

「結果は?」

「…妬いてくれたかも、です」


うわあどうしよう、自分で言ってて恥ずかしくなった。
だってやきもち妬くって、それだけ相手を好きだからで…この場合は、多分わたしのことを、それだけ好いてくれてるってことなわけでしょ?


「言っておくけど、」

「は、はい?」

「静雄は、美尋ちゃんが思ってる以上に美尋ちゃんのこと好きだと思うよ?」


思うっていうか、もう断定する。
付け加えるように言った新羅さんの言葉に、顔が熱くなって動悸が速くなる。


「な んですか、いきなり!」

「『静雄さんがやきもち妬くなんて信じられない!』って顔してたから」

「………」

「…今更顔覆っても意味ないよ?」


………。
新羅さんの言葉にゆっくりと手を下ろし、多分赤くなっているだろう顔がさらされる。
何なの新羅さん、わたしの心でも読めちゃったりしてるんだろうか。


「美尋ちゃんは自分に自信がないの?」

「…よく、わからないです」

「静雄に大切にされてるって自覚は?」

「それは、あります。めちゃくちゃ」


でも今に始まったことじゃないし…
なんて言ったらものすごく贅沢なんだろうけど、それでも、実際付き合うことになる前からわたしは静雄さんにたくさん心配してもらってたし、大切にされていたんだと思う。
まあ心配するのと大切にするのは必ずしもイコールではない気もするけれど、それはこの際置いておくとして。


「…多分、好きすぎるんです、わたしが」

「へえ?」

「静雄さんの気持ちを疑ってるとかってわけじゃないんですけど…大好きすぎて、絶対に失いたくないから」


もし人の気持ちをシーソーや天秤にかけて比べることが出来るとしたら、きっとわたしの比重の方がはるかに重いのだろう。
どうしてそう思うのか、なんて考えるまでもない。
ただ単純に、わたしはそれだけ静雄さんのことが大好きなのだ。


「静雄もそう思っていたとしたら?」

「…え、」

「言っただろう?君が思っている以上に、静雄は美尋ちゃんのことが好きだって」


けどそれは新羅さんの言葉であって、静雄さんの言葉じゃない。
そんなことを思っていたのが伝わったのか、「また信じられないって顔してる」と笑われてしまった。


「そういうのは、案外他人の方がわかるものだよ」

「…そうなんですか?」

「そうなんです」


そう言ってコーヒーを含んだ新羅さんは、わたしには到底手に入れられなさそうな大人な空気をまとっている。
…そういう、ものなのかしら。


「大丈夫。静雄は美尋ちゃんのことが死ぬほど大好きだよ」

「…失礼を承知で言いますけど、静雄さん本人から聞きたかったです」

「はは、それは悪いことをしたね。でも仮に静雄から言われたとして、美尋ちゃんはそれを信じることが出来たかい?」

「…………」


その質問に無言でいるだなんて、それ自体が答えているようなものだとは自分でもわかっていた。
けれど嘘でもYESと答えることは出来なくて、ここにはいない静雄さんへの罪悪感が、ふつふつと芽生えるのを感じる。


「まだ始まったばかりなんだ」

「え、?」

「焦らなくても、静雄はじっくり愛してくれるよ」


愛して、くれるって。
にこっと笑った新羅さんの言葉に、今日一番顔が熱くなった気がした。


 



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