「何食いたいもんあるか?」

「静雄さんにお任せしますよー」


新羅さんの家を出て数分。
週末のこの時間ということもあってか、池袋はいつにも増して人が多い。


「じゃあ寿司食いに行くか」

「お寿司!?」

「おう。知り合いが働いてる店があってな」


お寿司だなんてどれくらいぶりだろう。
お腹は何の気分かなあ、とファミレスのメニューを思い浮かべていた数分前とのギャップに、思わず大きい声が出てしまった。


「寿司苦手か?」

「とんでもないです、大好きです!…けど、」

「けど?」

「申し訳ないです…」


内心ものすごい嬉しかったけど、お寿司だなんてやっぱり申し訳ない。
決して安いものじゃないし、昨日知り合ったばかりの人にそんな大金出させるわけにはいかないよね。


「…ファミレスに行きましょう!それかマックとか……ロッテとか!」

「何だよいきなり。寿司っつっても高い店でもないし、気ぃ遣わなくていいぞ」

「でも…」

「俺が寿司食いたいんだよ」


それなら文句ないだろ?とでも言いたげに、静雄さんが私を見る。
やっぱり申し訳なさは残るけど……本人がここまで言ってるなら、お言葉に甘えていいのかな。


「…わかりました」

「よし、じゃあ行くか」


ちょっとぶっきらぼうだけど、すごく優しい。
そんなこの人と出会えた池袋で今度はどんな人と出会えるのか、心を踊らせながら後を追った。



******



「お寿司だ…!!」

「…えらく感動してるな」

「当然ですよ!」


最後に食べたのがいつだったか思い出せないお寿司。
つい先週スーパーで見て、食べたいのに食べられない切なさにもだえたお寿司。
それが今目の前に広がっている事実に、目の奥が熱くなるのがわかった。


「いただきます!」

「食え食え」

「うまっ!」


まぐろってこんなに濃厚だった?サーモンってこんなにとろけた?
ああもう、どのネタを食べてもおいしすぎて本格的に涙出てきそう。


「うまいか?」

「はい、すっごく!」


私が笑ってそう言えば、静雄さんも笑ってくれる。
高い店じゃ、とかさっき言ってたけど、これは本当にやばい。おいしすぎるよ。
まさか知り合いの方が外国、それもロシアの人だとは思わなかったからびっくりしたけどね!

なんて思いながら、次々にお寿司を口に運んでいると。


「ん、静雄か?」

「おう、門田か」


それは3つ目のお寿司に箸を伸ばした時。
聞いたことのないその声に、静雄さんの言葉に、自然と顔が向いてしまう。
するとそこにいたのは、どこかで見た覚えのあるようなないような…そんな、静雄さんと同い年くらいの男の人の姿があった。


「久しぶりだな。つかその子……」

「どうしたのドタチ…あーっ!シズシズが女の子といるー!」

「まじっすか狩沢さん!」


お友達かな、なんて思いながらもぐもぐとお寿司を咀嚼していると突然聞こえてきた黒い服の女の人の声に、お寿司が喉に詰まりそうになった。
あ、危なかった。静雄さんがお茶差し出してくれなかったらどうなっていたか。


「お前ら静かにしろ。静雄、その子彼女か?」

「いや、知り合い」

「これはあれだねゆまっち。妹系少女との禁断の恋だね!」

「…門田、そいつらどうにかしてくれ」

「…すまねえ」


喉の苦しさから解放され落ち着いたところで、門田と呼ばれた人と目が合った。
これは自己紹介の流れだと、ここ2日間でいろんな人と出会った中で培われた勘が冴え渡る。


「静雄の同窓生の門田だ」

「同窓生ってことは、新羅さんと一緒ですか?」

「あいつのことも知ってんのか」

「ちょっとお世話になってまして……あ、大槻美尋です」


軽く頭を下げて言えば、ドタチンとは呼ぶなよ、と上から声がした。
門田さんの後ろにいる黒い服の女の人がそう呼んでた気がするけど、どうやら気に入ってはいないらしい。
そんなことを思いながら後ろの2人組を見れば、女の人が目を輝かせていた。


「ねぇねぇゆまっち、この子どっかで見たことある気がしない?」

「あ、わかったっす!あそこの居酒屋の子っすよ!」

「あー!そうだ、あのお店の子!」

「え?え?」

「「よく客引きやってる子!」」


2人の声が重なったかと思えば、2本の指が私の顔をさす。
客引き…ってことは、販促してるの見られたことあるってことだよな、きっと。


「指さしてやるな、驚いてるだろ」

「ああごめんごめん、私は狩沢絵理華。よろしくね美尋っち!」

「遊馬崎ウォーカーっす!」

「ああ…はい…」


美尋っち…?なんて思いながらも、とりあえず頭を下げておく。
これはあれだ。これまで出会った静雄さんの知り合いの中でも、最上位に入るくらいのキャラの濃さだ。


「今日はあいついないのか」

「ああ、渡草か?あいつならアイドルのコンサート行ってるぜ」


ただでさえキャラが濃いのにまだいるのか、という思いは胸にしまっておくことにしよう。
そんなことを考えながら5つ目のお寿司に箸を伸ばしたとき、再び門田さんと目が合った。


「じゃあ俺ら行くわ」

「おう」

「大槻も邪魔して悪かったな」

「じゃあね美尋っち!」

「今度はもっとゆっくり話しましょうねー!」


邪魔ってなんだろう、と思いながら再びお寿司をもぐもぐしていると、2人を連れた門田さんがお店から出て行く。
……何か嵐みたいだったな。


「…え、えーと、明るい人たちでしたね!」

「…ああ」

「少しびっくりしちゃいました」

「俺も門田以外はよく知らねえけど、まあ悪い奴らじゃないと思うぞ」


少し冷めてしまったお茶を飲みながら言う静雄さんは、さっきよりも元気がない。
というより何か精気が奪われた感じ。それだったら私も一緒だ。


「お前よく客引きやってんのか?」

「はい。お客さんが少ない平日は特にやってますよ」

「じゃあ今度トムさんと食いに行くか」

「えっ、ほんとですか?」

「その代わりサービスしろよ」

「はい!」


もちろんです!と笑いながら言った私を見て、つられたように静雄さんも笑う。
誰かと一緒に食べるご飯のおいしさを思い出した、土曜日の夜のこと。


 



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