…杏里ちゃんも、静雄さんのことが好きなのかな。
もしそうだとしたら、わたしは、これからどうすればいいんだろう。


「……おい」


逃げるようにして病院から出てきちゃったけど、やっぱり帝人くんにも、杏里ちゃんにも、怪しまれてしまっただろうか。
でもそれも仕方ないと思う。
だって、付き合ってるかどうかっていうのは別としても、静雄さんはわたしを好きだって言ってくれてて。
その静雄さんと、わたしは一緒に暮らしているわけで。
わたしも静雄さんが好きで、でも、もしかしたら杏里ちゃんも、


「おい、美尋っ」

「わっ!」


いきなり大きな声が背後から聞こえてきて、思わず包丁を落としてしまうかと思った。
え、静雄さん?え、いや、何で、


「い、いつの間に帰って…」

「いつの間にって…ただいまって声かけただろうが」

「え、うそ」

「こんなことで嘘吐くかよ」


お前どんだけボーっとしてたんだよ。
呆れた顔で言った静雄さんは「熱でもあんのか?」とわたしのおでこに手を伸ばし、た。


「っ、」

「……あ?」

「…あ、すいませんっ」


けど、無意識のうちにその手を払ってしまった。
…ああ、もう最悪だ。


「………」

「す、すいません」

「…いや、いいけど。マジで具合悪いのか?」

「大丈夫、…です」


そうは言ってみたものの、包丁を握る手が強さを増す。
どうしてこういう時に、静雄さんはわたしに触れてくるんだろう。
それが優しさだとわかっているのに、杏里ちゃんと自分の気持ちの狭間で揺れるわたしは、静雄さんのせいにするしかなくて。


「……美尋?」

「……はい」

「お前、何で泣きそうなんだよ」


わたしの手から包丁を取った静雄さんは、それをまな板の上に置き、わたしの目線の高さまで屈む。
静雄さんが、近くて。
杏里ちゃんも、この人とこの距離で話すことを望むのかな、とか思ったら、もっと苦しくなった。


「静雄、さん」

「ん」

「静雄さん、は、」


わたしのこと、好きでいてくれてるんですか。
自分で言っておきながらすごく恥ずかしくて、情けなくて、格好悪いと思った。
でもそれ以上に強く思うのは、どうかお願いだから肯定して、ということで。


「…何だよいきなり」

「………」

「…何かあったのか?」


ありましたよ。
そう言いたい心と言えない頭の、どちらを優先したらいいんだろう。
そんなことを考えながらも、どうして昨日も一昨日も言ってくれたのに、なんて、また静雄さんのせいにするわたしは最低な女なのかもしれない。


「…ごめんなさい、何でもないです」

「は?」

「ご飯、作っちゃいますね」


駄目だ、これ以上静雄さんを困らせちゃいけない。
そう思ったから、笑顔を作って、振り返って、包丁を掴もうとした、のに。


「あ、の」


その手は逆に静雄さんに掴まれてて。
多分それは、待てという意味をはらんでいて。


「好きだよ」

「…え?」

「だから、お前のこと好きだっつってんだよ」


何でキレ気味に言われてるんだろう。
けどそれに勝る安心感とドキドキと嬉しさが、静雄さんの手を解くという選択肢を奪う。
…今なら、聞けるかもしれない。


「あ、の」

「…何だよ」

「わたしたちって、付き合ってるん、ですか」


若干の期待と不安がごちゃ混ぜになった感情のまま、口から出たそんな言葉。
その瞬間静雄さんの頬からは赤みが消えて、代わりに眉間に皺が一本追加された。


「…お前何言ってんだ?」

「………」

「付き合ってねえと思ってたのかよ」

「えっ」


まるで当たり前とでも言うかのような物言いに少々…ではなく、かなりびっくりした。
相変わらず静雄さんの眉間に皺は寄ってるけど。でも、ものすごく、嬉しい。


「俺トムさんに話しちまったぞ」

「そ、そうなんですかっ」

「…黙っといた方が良かったか?」


多分わたしが恥ずかしがるとかどうとか、そういうことを考えてくれているのだろう。
けど、そんな気遣い無用ですよっ。


「そんなこと、ないですっ」

「…そうか?」

「…すごい、嬉しいです」


もうこの際、「だって付き合おうって静雄さん言ってくれなかったもん!」的なアレは言わなくてもいいや。
やっぱりセルティの言う通り、静雄さんは付き合ってるつもりでいてくれたんだな。


「…ふふ」

「何だよ」

「わたしも、静雄さんのこと大好きです」


これ以上ないくらいの安心感にそう言えば、静雄さんの顔が一気に赤くなる。
もしかしたら男の人にこんなことを思うのはおかしいかもしれないけど、正直とてもかわいい。


「…っいいからさっさと飯作れ!」

「えっ何で怒られてるんですかわたし」

「怒ってねえよ!」


そうですよね、照れてるんですもんね。
ズカズカと部屋に入っていく静雄さんの背中を見ながらそんなことを思ったけど、可哀想だから言わないでおこう。


「あ、静雄さんっ」

「ああ?」

「ありがとうございます」


安心感を与えてくれて、ありがとう。
心からの言葉にそう言えば、静雄さんは不思議そうな顔のまま「おう」と言った。


(あれ、何でわたし悩んでたんだっけ)


 



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