右手に地図とお花、左手にはカバンと紙袋。
卒業のお祝いをということで新羅さんたちのお宅を訪れたわたしは、なぜか1人で駅前に立っていた。
「来良総合病院…」
来良という名前がついているということは、きっと来良学園の近くなのだろう。
紀田くんや帝人くんはもうお見舞いに…いや、まだ学校が終わるには早いか。
学校名から自然と連想されるあの子の友人たちを思い浮かべながら、60階通りを歩いている、と。
「あ、美尋ちゃんっすよ!」
「あ、ゆまっちさん」
「美尋っち?」
狩沢さんたちに遭遇しました。
「お花なんて持ってどうしたの?」
「昨日の夜皆さんが助けた女の子が入院することになったので、これからお見舞いに行くんです」
「え、あの子って美尋っちの友達の子だよね?」
「怪我してたんすか?」
「いや、あの後色々あったみたいで」
わたしもまだよく知らないんですけど、と言葉を濁しながら2人に説明する。
…うん、あの時の怪我じゃないってことはわかってもらえたみたい。
「あの、門田さんと渡草さんは一緒じゃないんですか?」
「ドタチンに用事?ドタチンなら渡草っちのこと慰めてるよ」
「用があるなら一緒行きましょー」
慰めてるって?
そう聞く前に声を上げたゆまっちさんの背中を追いながら、狩沢さんと歩く。
一緒にって言ってきた時点で(多分)深刻ではないんだろうし、わたしも出来るだけ早く皆さんに昨日のお礼を言いたいのだ。
「ドタチーン」
「おう、昨日ぶりだな」
声のする方を見れば、車の前にしゃがみこんだ渡草さんと、その横で腕を組みながら立つ門田さん。
…うん、狩沢さんの言ってたことは本当らしい。一体何があったんだろう。
「渡草さんどうしたんですか?」
「…これだ」
「…え、これって、」
小声で問えば、車のドアを指差した門田さんは黙って頷いた。
……これは、アレですね。昨日の夜、静雄さんが…
「…あの、渡草さん」
「…美尋ちゃんか」
「あの…すいません、ドア」
「美尋ちゃんは何も悪くねえよ…」
憔悴というのは言い過ぎだろうけど、昨日と同じようなセリフを言った渡草さんは、明らかに落ち込んでいる。
…うーん、どうしたものか。
せめて静雄さんも謝ってくれれば、と考えていた時、門田さんの視線に気が付いた。
「今日は買い物か?」
「いや、皆さんに昨日のお礼を、」
「美尋?」
口を開きかけた瞬間背後から呼ばれたことに驚いて振り返れば、そこには数時間前に見送ったはずの静雄さん。
…いや、わたし知り合いとの遭遇率高すぎるでしょ。
そんなことを頭の片隅で考えながらも、改めて外で会う、とか、そういうのは。
ちょっとだけ、緊張してしまうわけで。
「きゅ、」
「きゅ?」
「休憩中、ですかっ」
「おう」
意識し始めてしまったせいか、目も見られなければ上手く話すことも出来ない。
ああああもうっ!
「トムさん、一緒じゃ、ないんですか」
「あそこで飯食ってるけど」
「え、何で1人で、」
そこまで言いかけて、名前を呼ばれた時の声が、急いでいる時のそれと似ていたことに気がついた。
…え、まさか。
「お店出てきたんですか?」
「……あー…」
「………」
それはつまり、肯定ということか。
わたしを見つけてわざわざ来たなんて、というところまで考えた時、静雄さんがくしゃりと自分の髪を掴む気配がした。
「え、っと…ありがとう、ございます」
「…うるせえよバカ」
「…ふふっ」
バカだなんて言われても何とも思わないのは、照れ隠しだってわかってるからなん、だけど。
ぽん、と誰かに肩を叩かれて、気付いてはいけないことに気付いてしまいそうになった気がした。
「…あ、狩沢、さん」
「なぁにぃ?イチャイチャしちゃって」
「い、!」
そうだ、ここにはわたしたちだけじゃなくて狩沢さんたちもいたんだ!
すっかり忘れてしまってたことを思い出した瞬間、一気に顔に熱が集中した気がする。
「そ…そうだっ、あの、昨日はありがとうございました!」
「昨日?」
「えっと、お祝いしてくれたのもそうですけど、その後も色々とっ」
わたしの友達を助けてくれたりも、しましたし。
何のことだと不思議そうな門田さんにそう答えれば、狩沢さんとゆまっちさんが更に笑みを濃くする。
い、嫌な予感しかしないんですがっ。
「昨日の美尋っちはね〜…」
「そうっすねー」
「な、何ですかっ」
昨日のわたしがどうしたって言うんだ。
きっと聞かない方がいいことなんだっていうのはわかってるのに、こんな風にニヤニヤされちゃ引くに引けない。
「シズちゃんが危ないってなった時の美尋っち、すごい必死だったよね〜」
「…そんなこと、」
「いやいやー、めっちゃ焦って半泣きだったっすよ!」
「も、もうっやめてくださいよー!」
「ったく…お前らその辺にしてやれ」
狩沢さんとゆまっちさんの口を押さえ、呆れたような門田さんが呟いた。
「静雄さん、今のは気にしないでくださいねっ」
「あ、あー……おう」
「それで、あの…」
えっと、えっと。
門田さんたちに話さなきゃいけないこと、話したこと、静雄さんに話さなきゃいけないこと。
誰にどこまで話したかがごちゃごちゃになって、頭の中が混乱する。
「あの、わたしこれからのこと話しましたっけ?」
「これから?」
「はい。これから友達のお見舞いに行くんですけど、」
「いや、聞いてねえ」
そうか、これは話してなかったか。
ってことは、と一つ一つ確かめるように、再び口を開く。
「その子セルティとの共通の知人なんですけど、セルティの代わりに行くことになったんです。それで、お祝いはわたしが戻ってからすることになって」
「あー…じゃあそのまま新羅んとこいろよ。迎え行くから」
「わかりました。新羅さんたちにも伝えておきますね」
笑いながら言えば、静雄さんも満足そうに笑ってわたしの頭を撫でる。
人前だからっていうのもあってちょっとだけ恥ずかしくて、でもすごく嬉しい。
「本当なら荷物持ってやりてえんだけど、もうそろそろ休憩終わっちまうんだ」
「ふふ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「悪いな。じゃあそろそろ行くわ」
「はいっ。トムさんにもよろしく言っておいてください」
「おう」
じゃあな、とわたしたちに告げて、静雄さんが歩いていく。
……はあ、緊張した。けど、予想外に会えて、荷物のことも気にかけてくれて、色々と嬉しかったなあ。
「友達が入院してる病院って来良か?」
「あ、はい。そうです」
「この車でも良かったら送るぜ」
「いや、そんな申し訳ないですからっ」
「その荷物じゃ大変だろ」
そう言ってわたしの手から紙袋をさらった門田さんは、「遠慮なんてしなくていいぞ」と笑う。
その優しさに、ついさっきまでここにいた人を思い出してしまうところから推測するに、どうやら静雄さんはわたしの中心らしい。