「どうしたよ静雄、ずいぶん機嫌がいいじゃねえか」
「いえ、ちょっと昨日すっきりすることがあっただけですよ」
…どう見ても機嫌いいよなあ。
いつもより流暢な敬語、珍しく積極的な仕事への姿勢。
それらに首をひねりながらひとつの可能性にたどり着いた俺は、わずかに緊張しながら口を開く。
「美尋ちゃんと何かあったか?」
「あー…まあ、それもそうですね」
それも?
静雄の言葉を反復するように言えば、「はい」という返事が返ってきた。
つまりすっきりすることとは別に美尋ちゃんとのことで何かいいことがあったんだろうが…聞いていいもんなのか、
「美尋と付き合うことになったんですよ」
「…マジか」
「はい」
どうしたもんかと迷う俺の胸中も知らず、静雄は満足げに笑いながらそう言った。
「昨日、まあちょっと色々あって。その末にっすね」
「お、おお…」
いや、こいつが美尋ちゃんを好きなのは知ってたし、美尋ちゃんだって静雄のことは慕ってた。
その慕うって好意が恋愛だったとしても、それは何も不思議じゃねえ。
不思議じゃねえ、けど。
こいつもそうだが、それ以上に美尋ちゃんはそういう方面には疎いっつーか…耐性とかないと思ってたんだけどな。
でも、まあ。
「…そりゃあ良かった。そうかそうか、ついになあ!」
「な、何すかトムさん」
「うらやましいねえ、幸せそうな顔しちゃってよ!」
俺の反応をうけて初めて顔を赤らめた静雄は、それでも嬉しそうに笑っている。
それに対して若干涙が出そうになってくるのはアレだ。多分年のせい。
「いやあ、俺は嬉しいよ」
「か、からかわないでくださいよ!」
「いやいや、マジで嬉しいんだって」
静雄が心から誰かを思えるようになって、その誰かも、静雄のことを思っていて。
こんなことを思うなんてまるで親みてえだけど、俺からしちゃこいつは弟…っつったら少々頼もしすぎるが、まあ昔から知ってるかわいい後輩なわけで。
「おめっとさん、よかったな」
「…うす」
「よし、じゃあ今日はさっさと仕事終わらせて帰ってやれよ」
仕事の話に切り替えるためというのもあってそう言えば、静雄は嬉しそうに「そうっすね」と笑う。
…あーあー。顔緩ましちゃって。
「それで、今日の取り立て先なんだけどよ。なかなか悪質な奴でな――…」
こいつと、あの子と。
2人が幸せに笑っていることが、どうしてこんなに嬉しいんだ。
******
「これは、付き合ってるというのでしょうか」
「…うん、何の話?」
静雄さんを見送ってから数時間。
今朝静雄さんに話した危惧についても交え今日のことについて聞くと、「僕らは大丈夫だからおいで」と言われたので、予定通りここを訪れたわけ、だけど。
ああ、今日は相談とかのために来たわけじゃないっていうのに。
ここまでの道中ずっと考えていたことについて頭を抱えながら言ったわたしに、新羅さんは紅茶の入ったカップを差し出した。
《付き合ってるって…何が?》
「あのー…えっと。うん、話していいのかは、わからないんだけどね」
《大丈夫、わたしたちは口はかたいつもりだよ》
本当に、話してもいいのだろうか。
新羅さんたちはわたしよりも静雄さんとの付き合いも長いわけで、…だから、こういうことってあんまり聞きたくなかったりとか、するのではなかろうか。
そんなことを思いながらも、自分で考えたところで結論は出そうにない。
「…昨日の夜、なんだけど」
《うん》
「静雄さんに、好きって言われて」
ガシャン。
わたしの一言に、新羅さんが持っていたカップが落ちる音がした。
「だ、大丈夫ですかっ」
「あ、ごめん、うん、大丈夫。いや、大丈夫なんだけど大丈夫じゃないっていうか…」
「は?」
《お、落ち着け新羅。静雄だって色々と悩んで出した結論なんだ》
「僕だってそれくらいわかってるさ…」
持ってきたタオルでコーヒーがまみれた床を拭く新羅さんは、うわごとのように何かを呟いている。
よく聞こえないから何を言ってるのかはわからないけど、セルティが《大丈夫、気にしないで》と言ったので気にしないことにしよう。
《ごめんね美尋ちゃん。それで?》
「え、あ、えーっと…気持ちは、確認し合ったんだけど」
「…え、美尋ちゃん気付いてたの?」
「何がですか?」
「静雄のこと好きなんだって」
「ああ、言われて気付きました」
わたしの言葉に、新羅さんとセルティが数秒固まった。
…っていうか、気付いてたのって。
そんなまるで、わたしが知らなかっただけで新羅さんはわかってたみたいじゃないですか。
《何はともあれ、おめでとう》
「え?」
《静雄と恋人になったんでしょ?》
わたしも嬉しいよ。
嬉しそうな空気をまといながら言うセルティに反し、わたしの表情は曇っていく。
「…これって付き合ってるのかな」
《え、違うの?》
「気持ちを確認…というか言い合っただけで、付き合おうとかって話はしてないんだ」
ちゅーは、したけど。
流石にそれを2人に話すのは申し訳がないから、やめておこう。
「わたしは王道のテンプレートしかわからないんです…」
《テンプレート?》
「ああ、『好きです、付き合ってください』ってやつ?」
「そう、それですっ」
静雄さんだって大人なんだし、わざわざそういう言い方をしないものなのかもしれない。
けどわたしは恋だってろくにしたことがないから、そういうことに関しても疎いわけで。
《静雄は付き合ってるって思ってるんじゃないかな》
「そうなのかなあ…」
「本人に聞いてみれば?」
《そんなの無理に決まってるだろう!》
わたしが言う前にPDAにそう打ち込んだセルティは、新羅さんに向けて女心をつらつらと書き連ねているらしい。
…そうだよね。本人に聞けるならそれが一番だけど、内容的にも聞きづらいし…どうしたらいいものか。
《とにかく―…》
ピピピピピ
そんな音がすぐ横から聞こえてきて、セルティの手が一瞬止まったのがわかる。
どうやらメールみたいだ。
「どうしたんだい?」
《昨日斬り裂き魔の被害に遭った子だ》
「え、杏里ちゃん?」
《ああ、美尋ちゃんはあの子と知り合いだったんだっけ》
ほら、とばかりに見せられたメールの画面に、思わず眉をひそめてしまった。
…え、ちょ。
「入院って…!」
《大丈夫、そんなに大した怪我じゃないはずだよ》
「本当に?」
《うん、安心して。でもごめん、わたしはちょっとこの子のところに行ってくるから、2人とも待っててくれる?》
戻ってきたら予定通りお祝いをしよう。
言いながら出かける準備をするセルティを見て、新羅さんが何事か考えているように口元に手を当てる。
「あのさ、セルティ」
《何だ?》
「君、病院に入れるの?」
その瞬間、時間が止まったような感覚に陥った。