「…う、っ」


時折強く吹く夜の風が、わたしの体に突き刺さる。
何度確認したかわからない時刻も、もう午前3時をまわった。


「…さむ、い…」


膝を抱え込むようにして座れば、寒さが少しだけまぎれたような気がした。
たった一枚のドアがうっとうしくて1時間ほど前からこうして玄関の前にいるのに、静雄さんはまだ帰ってこない。
どれだけ臨也さんを殴ってるんだ。と、思った時。


「…美尋?」

「……っ、」

「お前何でこんなとこ…うわっ」


ほのかに光る玄関脇のライトに照らされて、静雄さんが立っているのが見えた。
待ち望んだ人の帰りにいてもたってもいられず動き出した体は、きっと疲れているだろう静雄さんにしがみついて離れない。


「…どうした?」

「……おそい、です」

「…悪かったよ」


いつもよりも穏やかな気がする声に顔を上げれば、静雄さんは傷だらけの顔で笑っていた。
なのに背中にまわした手には、何か濡れたような感触があって。


「こ、れ」

「ん?…あー、ちょっとな」

「…新宿でっ、」

「違う違う。ノミ蟲じゃねぇよ」


なら何でこんなに怪我をしているの?
わたしが待ってる間に何が起きたの?
すでに乾き始めている静雄さんの血で手が真っ赤になりながらも、聞きたいことはたくさんあるのに、静雄さんはただ笑うばかりで何も教えてくれない。


「…美尋、ちょっと俺の話聞いてくれるか?」


そう言ってわたしの頬に手を当てた静雄さんは、優しい目をしながらゆっくりと語り出した。


「俺はこの力が嫌いだ」

「………」

「力っつーより、その力を抑えらんねぇ自分が嫌いなんだよな」


嫌いで嫌いで嫌いで仕方なかった。
それは前にも言っていたことと同じで、何だか胸が苦しくなった。


「俺な、昔この力のせいで、色んな奴を傷つけてきたんだ」

「………」

「俺のことを知らずに優しくしてくれてた人も、俺とは何の関係のない赤の他人も、みんな力のせいで傷つけちまった」

「…はい」

「ガキの頃は好きになった奴もいたんだけどよ、いつもしくじっちまってたんだ。怪我なんてさせたくねえのに、助けてやりてえのに、いつも俺のせいで大怪我させちまってさ」


静雄さんがそう言った瞬間、数十秒前にもひけをとらないくらい、胸がぎゅっと締め付けられたような感覚に襲われた。
どうしてこんなに胸が、心臓が、痛いんだろう。


「俺は誰かを好きになっちゃいけねえんだ。きっと俺の意思とは無関係に、でも確実に俺のせいで、そいつのことを傷つけちまうからな」

「…はい」

「けど俺は、誰かに愛されたかったんだ」


無意識のうちに握り締めていた手が、爪が、ギリギリと皮膚に刺さる。
けど痛みなんてまったく感じないのは、どうしてだろう。


「俺、お前が俺を好きだって言ってくれて嬉しかったんだ」

「……」

「お前が俺を呼んで、冷静になれたのが嬉しかった」


まだ自分の感情も力も抑えきれない。
でもお前が俺を呼んだ時だけは、力を抑えられることが嬉しかった。

ぽつりぽつりとつぶやく静雄さんは、少しだけ泣きそうな顔をしているように見えた。


「…けど、いつも怖かったんだよな。いつかまた、あの時みたいにしくじっちまうんじゃねえかって」

「………」

「お前が俺を呼んでも止められなくて、いつかお前のことまで傷つけるんじゃないかって思ってよ」

「…そんな、」

「格好悪ぃけど、すげえ怖かったんだよ。お前を失うんじゃないかって考えたら」


もし傷ついたとしても構わないのに。
感情をコントロール出来なかった静雄さんがわたしと出会って少しでも変われたなら
、もし静雄さんが恐れるその瞬間が来たとしても、またわたしが変えればいいだけのことなのに。
頭と心はちゃんとそう思っているのに、呼吸がうまく出来なくて言葉がつむげない。


「…けどな、今日初めて、俺の言うこと聞いてくれたんだ」

「……?」

「お前がいなかったのに、止まれって思ったら止まってくれたんだよ」


本当に嬉しそうに、わたしの頬に添えられた右手を静雄さんが眺める。
そっか、そういうことだったんだ。
静雄さんはずっと、ずっとずっと、怖かったんだ。


「…ずっと言いたかったんだ」

「…え、」

「俺は、お前が好きだ」


そう言った瞬間、目からは涙なんか流れていないのに、静雄さんが泣いているような気がした。
なのにその表情は優しくて、わたしの中にくすぶっていた感情と、速い鼓動の正体にやっと気が付く。


「…静雄、さん」

「…ん?」

「わたし、」


空いた右手が静雄さんの左手をぎゅっと握って、わたしたちの視線が絡まって。


「静雄さんにも、…好きな子がいたって聞いて、すごい苦しかったです」

「…ん」

「静雄さんと一緒じゃなくなるのは、いやです」


静雄さんのそばにいたい、一緒にいて欲しい。
誰かを好きになってほしくない。確かにそう思うのに、


「けどわたしは、幸せになったら駄目なんです」


その瞬間、静雄さんの眉間に皺が寄った。


「わたし、静雄さんが思ってるような子じゃないんです」

「…は、?」

「………」


出来ることなら、ずっとずっと黙っていたかった。
わたしの汚い部分なんて見せずに、静雄さんが知る“大槻美尋”でいたかった。
けれど、


「…今度はわたしの話、聞いてくれますか?」


ちょっと長くなっちゃうけど、もう誤魔化したくないから。
怖いけど、静雄さんには、わたしを好きだと言ってくれたあなたには、ちゃんとわたしのことを知って欲しいから。


「静雄さんと出会う前のわたしのこと、ちゃんと、全部教えます」


わたしはもう、逃げたりなんてしないから。


 



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