「この後はどうすんだ?」

「狩沢さんたちに遊ぼうって誘われてるので行ってきますっ」

「暗くなる前には帰れよ」

「はーい」


ちょっとしょっぱい食事の時間を終え、「また帰る時に連絡する」とだけ言った静雄さんは、トムさんとともに去っていく。
さて、これから行くということを狩沢さんに連絡しようか。

そう思い、携帯を開いた時だった。


「…ん?」


未読のメールが一件。
誰からだろうと開いた瞬間、わたしは息を呑んだ。


【斬り裂き魔に、ダラーズのメンバーが襲われた。
情報求む 情報求む 情報求む―】


「…わたしじゃ、ないよね」


ダラーズに参加してはいるけど、自分のことだとしたら日が経ちすぎている。
おそらくは名前も知らない誰かが被害に遭ったんだろう、けど。


「………」


何だか嫌な予感がする。
それが気のせいであることを祈りながら、彼女たちがいるであろういつもの場所へと急いだ。



******



「なのに――何でこうなった?」


夕暮れに包まれた、南池袋公園。
隣に座るセルティが何か声を出すこともなく、俺はただ淡々と口を開く。


「俺がこうなった原因は何だ?少なくとも家族に問題はなかった。子供の頃に何かトラウマがあるわけでもないし、暴力的なマンガやアニメも見なかった。映画だってほとんど見てない。じゃあ、原因は俺か?俺ってことになるよな?」


次々に口から出て行く感情に、セルティは何のアクションも起こさない。
それでも俺が苛立たないのは、こいつが無視しているのではなく、ちゃんと聞いてるとわかってるからだろう。


「強くなりたいんだよ」


そう思い始めたのがいつからかなんてもう覚えちゃいないが、その思いがいっそう強くなったのは、きっと美尋と出会ってからだ。
そして今はきっと、俺自身と美尋のために、そう思っているんだと思う。


「喧嘩なんてどうだっていい。俺は自分を抑える力が欲しい」


あいつだって、いつ俺に愛想をつかすかわからない。
出会った時に俺を怖がらなかった時点で想定外なんだ、ちょっとやそっとじゃ離れてはいかないだろうが、その根拠だって過ごしてきた時間だとか信頼だとか、そんな目に見えないものしかねぇ。

美尋を守りたい。手放したくない。
そう思うから自分を抑えられるだけの強さを求めるのに、暴力以外に美尋を守る手段が見当たらない。
この前の美尋を襲った奴も許せねえし、殺してやりたいと思う。

けど、その思いが招いたことが、結局美尋を怖がらせることになるとしたら?
守りたいと思っている美尋までをも、傷つけたとしたら。


「悪いね、また愚痴っちまって」


…その美尋も、今は門田たちと一緒か。
何時に帰るかは聞いてないが、もし遅くなったとしてもあいつらなら美尋を1人で帰すことはしないだろうし、というところまで考えて、セルティが俺に会いに来た理由を聞いていないことを思い出した。

そしてセルティが俺に見せてきた言葉に、抑えなければいけないはずの怒りがふつふつと沸いてくるのがわかった。


「何だこりゃ。ひょっとして俺を疑ってんのか?」


街で起きている斬り裂き魔事件、ネットに現れた“罪歌”という人物、そいつと斬り裂き魔の関連性、被害に遭った俺について調べていた記者。
そして、罪歌とかいう奴が俺の名前を出したこと。

それらすべてを読んだ上で出した結論に、セルティは黙って首を横に振った。


《ダラーズのメンバーも、やられたらしい》

「ああ、知ってるよ。俺にもメールが来たし、正直、協力はしてやりたい」


…が、俺はサイモンに誘われて入っただけだし、美尋やサイモン、それにセルティを除けば、ダラーズの連中とは深い付き合いがあるわけじゃない。
そして浅い付き合いだからこそ、まだ俺なんかが仲間でいられるんだろが。

そんなことを言いながら見上げた空は必要以上に赤く、まるで田舎のようだった。


「まあ、悪いな。そういうわけで俺には心当たりがねえんだ。…お前もよ、ダラーズのためにそんなに肩肘はることねえんじゃねえか?無理して怪我だけはすんなよ」

《ダラーズのためだけじゃないさ。わたし自身…と、美尋ちゃんの敵討ちでもある》

「…あ?美尋?」


何でそこであいつが出てくるんだ。
そう思いながら首を傾げた俺にセルティは、


《美尋ちゃんには口止めされていたんだが…美尋ちゃんを襲った奴っていうのは、おそらく斬り裂き魔だ》

「…は?」

《…悪い。言わないといけないとは思ってたんだが、美尋ちゃんもお前を心配してたんだ》


申し訳なさそうに機械を向けられた瞬間、奥歯がギリッと音を立てたのがわかった。
美尋が斬り裂き魔にやられた?怪我はなかったとはいえ、どうしてそのことを黙ってた?
俺を心配したっつうけど、あいつだって俺の力のことはわかってるはずだ。

抑えなければいけないはずの怒りがふつふつと沸いてきて、今すぐにでも駆け出したくなる。


《わたしも首を横一線にやられてね。わたしが首なしじゃなかったら死んでたところだ》

「バカ野郎……」

《え?》

「お前それ早く言えよバカ!このバカ!バカって言う方がバカっつーけど俺はバカでいいから言わせてもらう!バカ!先に言えよ!第一こんなところでのんびりしてる場合じゃないだろうがよ!」


許せねえ。
自分を襲った相手が斬り裂き魔だってことを黙ってたセルティと美尋への苛立ちもあるにはあるが、それ以上に斬り裂き魔が許せねえ。
そんな思いでこの場にいない美尋への分までセルティに向けて言うと、焦ったように機械へ何かを打ち込み始める。


「よし殺す。絶対に殺す。確実に殺す。めらっと殺す」

《いや、ほら、美尋ちゃんはまだしも、わたしは首なしライダーだから。全然平気だから》

「いやいやいや、もうそういう問題じゃないから。刀を向けた=万死だろ。普通」


美尋を襲ったのがただの男だってだけでも殺意が芽生えてたのに、相手が本当は斬り裂き魔だった?
あいつが俺を心配してただとか、そんなことはどうだっていい。とにかく斬り裂き魔の野郎を殺さなきゃ気が済まねぇ。


「知ってるかセルティ。言葉には力がある。だから俺は今、すべてをぶち壊すような衝動を言葉で押さえ込むことにしてるんだ」


どこからどう見ても焦ってるセルティを気遣う余裕なんてとっくにない。
とにかくこの怒りがどこかに―…見ず知らずの通行人やらと、セルティと、美尋にぶつけてしまわないようにすることで必死だった。


「殺す殺す殺す殺す殺す」

《仕事は。今は休憩中だろ?》

「いいよ。そんなん」

《おいおい!わたしたちのために仕事をクビになるなんてことは許さないぞ。第一そんなことになったら美尋ちゃんが困るだろうし、まだ斬り裂き魔を探すには情報が必要なんだ。とりあえず、お前の仕事が終わるまで待っててくれ。その間に準備を済ませるから》

「………」


バイクの後部にまたがろうとした俺に、焦った様子のセルティが打ち込む。
もし俺が怒りに任せて仕事を抜けたら。セルティの言う通りクビになったとしたら。
…くそ、仕方ねえな。


「…なるべく早くしてくれよ」


殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
そう呟くことで湧き上がる感情を必死にこらえられているが、限界に達するのも時間の問題だ。
そうしたらきっと、


「俺は多分、自分で自分を壊しちまうだろうからよ」


そしてきっと、美尋をひどく傷つけてしまうだろう。
体中に蔓延する怒りを必死で押さえ込み、俺はあいつにメールを送るべく携帯を開いた。


 



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