「何で笑ってるの」

「何でわたしの幸せをとろうとするの」

「美尋は幸せになっちゃいけないのに」

「あんたなんて生まれてこなければよかったのに」



「こんなの全然痛くねぇからさ」

「俺は大丈夫だから」

「死のうとなんてするなよ」

「美尋には生きてて欲しいんだよ」





「……っ、」


カチ。コチ。
時計の秒針が動くごとに、汗が背中をつたう。
真っ暗と言ってもいいくらいの闇、ほのかな煙草と柔軟剤の香り、背中にかかる布と目の前から伝わるぬくもりに、さっきのが夢だったのだと理解した。


「……よかった…」


心の底から安堵して、ため息を吐いた時。
すぐ頭上から声とも言えない吐息が聞こえてきて、わたしの肩は大げさに震える。


「…美尋?」

「……静雄、さん?」

「悪い、起こしたか」


かけられた声に顔を上げれば、慣れてきた暗闇の中、苦笑する静雄さんが見えた。
なだめるように乗った頭の上の手があたたかくて、少しだけ、泣きそうになる。


「…静雄さん、」

「ん?」

「………静雄さ、ん」


確かめるように何度も名前を呼べば、服をつかむ手に力がこもる。
じわりと滲む額の汗がうっとうしい、どくどくと速い心臓がうるさい、力の緩まない手が忌々しい。


「美尋?」

「…………」

「おい、どうした?」

「……っ、う、」


嫌、だめ、お願いだから。
そう言い聞かせたにも関わらず目からぼろぼろと流れ出した涙は、静雄さんのシャツをじんわりと濡らしていく。


「おい、マジでどうした」

「う、っ…っく、う、…」

「怖い夢でも見たか?」


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
話したくない、幻滅されたくない、嫌われたくない、もう1人は嫌だ。
そんなことで頭の中はぐちゃぐちゃになって、静雄さんの言葉に返事をするどころか呼吸さえうまく出来ない。


「美尋、落ち着け。大丈夫だから」


背中を優しくさする静雄さんの手が、温かくて安心する。
けどそれがまた、わたしの涙を誘うわけで。


「しず、お、さ…っ」

「ん」

「やだ、や、だっ…」


泣きたくないから優しくしないで。
そんな矛盾もあって混乱する頭の中には、あの子に言われた言葉と、あの人に言われた言葉が駆け巡る。


「大丈夫だから、ほら、顔上げろ」

「っ、ん、…う、っ」

「落ち着け。な、」

「は、っい、」


頭を抑えられ、少し乱暴にごしごしと目元を拭われる。
優しいんだか荒っぽいんだかわからないけど、静雄さんらしい、なんて思ったり。


「もう大丈夫か?」

「…だい、じょぶ。です」

「よし」

「わっ、」


頭をぐしゃぐしゃと撫で回されて、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあることに気がついた。
…やっぱりすごいなあ、静雄さんは。


「で、どうした?怖い夢でも見たか?」

「…はい」

「…まあ、あんなことがあった後だからな。仕方ねえよ」


自らの手でぐしゃぐしゃにした髪の毛を梳きながら、穏やかな声で静雄さんが呟く。
多分静雄さんは、斬り裂き魔…もとい、不審者に関する夢を見たとでも思っているのだろう。


「何か飲み物飲むか?」

「…あ、へいき、です」

「でも喉乾いてるだろ」

「乾いてる、けど、」


今は、どこも行かないでください。
ささやくように言った言葉がどう聞こえたのかわからない。
けれど静雄さんが息を呑む気配がして、髪を梳いていた手は止まって、わたしの不安は広がっていく。


「…あの、」

「…あ、ああ。悪い」

「……すいません」

「何で謝るんだよ、別に謝ることじゃねえだろ」


頭をぐっと胸に押し当てられて、少し呼吸が苦しくなる。
そしてその動作は、まるで“我慢しなくていい”とでも言いたげで。


「……静雄さん、」

「…ん?」

「わたしが見た夢、さっきのことじゃないんです」

「そうなのか?」

「それでも、夢の話、聞きたいですか?」


それはわたしにとって、勇気を振り絞った言葉だった。
いくらか落ち着きを取り戻したことで、それまでの静雄さんの態度がいつもとあまりにも変わらないどころか、いつも以上に優しかったことで、抱くことが出来た一抹の勇気だった。
でも、


「話したくないなら無理して聞かねえよ」

「…………」

「お前だって今の今で思い出したくないだろ」


それは悪夢自体か、悪夢の元となっている数年前の出来事か。
話していないことからも、前者ということはわかりきっている、けど。


「…わかりました」

「…美尋?」

「ごめんなさい、今日はこのまま寝かせてください」

「あ、ああ。おう」


聞きたいと言ってくれれば、話すことが出来たのかもしれない。
けれどそれは甘えで、逃げで、きっと自分のことしか考えていない、最低の行為で。


「じゃあ、おやすみなさい」

「おう、おやすみ」


閉じたまぶたの裏側に、あの日の光景がよみがえる。
きっと人生で2番目に長く、最低だった1日。

頭とまぶたの裏に張り付いて離れないその光景に眉をひそめながら、弱虫のわたしは強い人に抱かれて眠った。


 



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