ゴンッ
振りかぶったラケットを下ろせば、見事仁王の後頭部にフレームが直撃した。
「お前さ、自分がなに言ったかわかってんの?」
「……精市、今のは流石に痛いぞ」
「痛くしてるんだから当たり前じゃん」
いいんだよそれで。
言いながら、しゃがみ込んでる仁王を見れば、ラケットが当たった部分を両手で押さえながら唸ってた。お前よりよっぽど谷岡さんの方が痛いよ。
「なにすんじゃいきなり、ッ」
「お前が谷岡さんのこと避けてた理由はなんとなくわかってる。けど、あれは言っちゃ駄目なことだろ」
「…………」
「嫉妬するのは結構。でも理由も言わずに避けて八つ当たりするなんて、谷岡さんを困惑させるだけってわからない?」
ようやく手を下ろした仁王と目線の高さを合わせるためしゃがみ込めば、バツが悪そうに視線を逸らされる。
…はあ、手がかかるなこいつは。
「あんなこと、思ってもいないんだろ」
「……………」
「返事は?」
「お、思っとらん、思っとらんって」
にっこりと笑いながらラケットを振りかぶれば、慌てて口を開いた仁王。最初からそう言えばいいんだよ。
そう思いながら仁王のことをじっと見れば、どうにも気まずそうにゆっくりと言葉をつむぐ。
「……でも芽衣子、俺おらんでも楽しそうじゃし」
「お前だって谷岡さんがいない場でも笑ったりするだろ」
「そうじゃけど、」
「それとこれとは別だとか言うなよ。同じだから」
…本当仁王って、他人のことには目ざとい癖に、自分のこととなると鈍くなるんだよな。
もしかしたら谷岡さんが関わってるからかもしれないけど、ここまで周りが見えなくなってる仁王も珍しい。
「お前わかってないみたいだけどさ」
「…………」
「たまたま谷岡さんがそういうことを思うタイプじゃなかっただけで、状況が状況なら、寂しいとかっていうのはむしろ谷岡さんが抱いた方が自然な感情だからね」
「…なんで」
「お前しか知ってる奴がいない環境に飛び込んでみたら、お前には自分の知らない友達がたくさんいるわけじゃん。でもそれは当然のことだから、疎外感や寂しさを感じても、仕方ないことだからって言い聞かせるのが谷岡さんの置かれてた立場なんだよ」
俺がそう言った瞬間、なにかに気付いたかのように仁王が目を見開いた。
「なのにお前は、馴染もうと頑張ってた谷岡さんを否定するだけじゃなく、突き放したわけ。わかってんの?」
「……わか、った」
…ここまで言わなきゃ駄目とか、お前本当どうしたんだよ。
眉をひそめながらそんなことを思っていると、すぐ隣にしゃがんだ蓮二がため息を吐いた。
「仁王。寂しさを感じるのも嫉妬するのも、決して悪いことではない。ただそれを伝える術を間違えたことは、自分でもわかってるだろう?」
「…わかっとる」
「このままでいいのか」
「……良くないってわかっとるけど、あんなこと言った手前どう接したらええかわからん」
そう言ってうつむいた仁王は、頭を掻いてため息を吐く。
「別に喧嘩するのなんて初めてじゃないでしょ?」
「…喧嘩したっちゅーてもガキの頃じゃし、その頃の喧嘩とは質が違うけ」
「それがわかってるならやることはひとつだろ」
「は?」
意味がわからないと言いたげな間抜け面で見上げた仁王を、立ち上がりざまに引っ張り上げる。
ふふ、いい具合に困惑してる。
「ほら、謝りに行くよ」
「む…無理じゃ無理、顔合わせられん」
「こういうタイプの喧嘩はしこりが残りやすいぞ。お前にとっては思ってもないことだろうが、谷岡は誤解したままだ。それでいいのか?」
「…いや、じゃ」
「なら決まりだね」
余計な心配かけさせやがって、馬鹿。
そう思いながら見た仁王の表情には緊張の中にもわずかに安堵の色が見えて、俺は仁王を引く手に力を込めた。