「人見知り直ったんじゃない?」
「…ん?」
お昼休憩を迎えた午後0時過ぎ。
唐突に放たれた幸村くんの言葉に、内心どくんと心臓が跳ねた。
「……なんで?」
「午前中氷帝の奴らとも普通に話せてたから」
「…話せたって言っても、お疲れ様とか頑張ってとか、ドリンクとかタオルとか。それくらいしか言ってないよ」
「昨日の谷岡さんだったらそれも言えなかったでしょ」
そりゃそうだよ、みんながいるから大丈夫って思ってたもん。
けど今は、そうじゃない。
氷帝の人よりはわたしのことを知ってるみんなと接する時間が長くなればなるほど、ばれる可能性は高くなる。無意識にみんなに甘えてしまう可能性だって否定できない。
それを思うと、できる限り心配をかけたり気遣わせたりしないためにも、どうしたって頑張って氷帝の人と話すしかないわけで。
「…慣れてきたのかも、しれない」
そう言いながらガタンと席を立てば、みんなの視線が集中する。
「芽衣子?」
「ドリンクの用意と洗濯してくる」
「は?お前全然食ってねーじゃん。午後もあんだから倒れるぞ」
「ブン太食べていいよ」
朝と同じように短く言って背中を向ければ、「マジでどうしたのあいつ」というブン太の声がする。
そんな声から、視線から。
みんなから逃げるように食堂を出たわたしは、壁を背もたれにしゃがみ込んだ。
「…なあ柳、」
「ん?」
「仁王と芽衣子、なんかおかしくね?」
練習が再開されて早数十分。
ラケットの先で背中をつついてきた丸井が、ひそひそとした声でそう言った。
「おかしいとは?」
「いや、まあ仁王は昨日からだけどよ。ほら肝試しの時とかあれだったじゃん、いつもならすぐ芽衣子に飛びつこうとすんのにさっさと赤也の方行ったり」
「…ああ、肝試しの後もずっと柳生といたようだしな」
丸井はこれで、案外鋭いところがある。
そのことに初めて気が付いたのはいつのことだったろうか、考える間すら与えず丸井が続ける。
「今朝だってよ、どうせ芽衣子の横は幸村と仁王なんだろうと思って、芽衣子の2つ隣に座ろうとしたんだけどさ」
「今朝はお前が谷岡の隣だったな」
「そうなんだよ、なんか『別に俺が隣に座る決まりなんてないし』みたいなこと言って。あいつら喧嘩してんの?」
「特にそういう感じはしないが…」
「外周の時だって珍しく前の方で走ってたらしいしよ。あいつそういうタイプじゃなくね?」
もし本当に喧嘩をしていたとしたら、仁王はまだしも谷岡はなにか言ってくるだろう。
…となると、やはり。
「嫉妬か」
「は?誰にだよ」
「俺たち――…だけではないな。氷帝の奴に対してもだろう」
「はあ?なんで?」
意味わかんねえ。
そう続ける丸井だが、昨日から現在までの仁王の様子を見ている限り、そうとしか思えない。
「極度の人見知りで自分に懐いていた谷岡が、俺たちだけでなく他校の奴とも親しくしているのが面白くないんだろう」
「別にいろんな奴と仲良くなるのって悪いことじゃねーじゃん」
「それは仁王だってわかっているさ。だからこそ複雑なんだろうな」
「…面倒くせー。ガキかよ」
「そう言ってやるな。俺だって気持ちがわからないわけではない」
「え、柳もそうなの」
「我が子の旅立ちを感じている」
「ああ、お前は親目線なわけね」
「お前だって多少なりとも寂しさを感じているんじゃないのか?」
「…ないこともないけど、氷帝の奴と仲良くなれて良かったな感の方が強い」
「ああ、俺もだ。ただ仁王は昔から谷岡のことを知っているだけに、それだけで割り切ることができないんだろう」
「…なるほどねー」
しっかし、マジで面倒くせーな。
少し離れたところでミニゲームをする仁王を眺めながら、呆れたように丸井が言った。
「じゃあなに、俺たちあいつと仲良くしちゃいけねえの?」
「いや、そこは当人同士で解決すべき問題だからな。仁王に気を遣って接し方を変えるというのも、谷岡からしたら気分の良いことではないだろう」
特に谷岡はそういうことを嫌いそうだ。
昨日の朝、俺と精市が赤也を叱っていた時のことを思い出せば、思わず苦笑が漏れた。
「俺としては、仁王より谷岡の方が気がかりなんだがな」
「芽衣子も芽衣子で変だよな。全然飯食わねーし」
明日雨でも降るんじゃね、とガムを膨らませながら丸井が言う。
朝食に関しては摂る量にも個人差があるからなんとも言えないが、元々よく食べる谷岡ということと、運動した後なだけに、昼食をあそこまで食べなかったのは予想外だった。
…本人は大丈夫だと言っていたが、顔色もあまり良くなかったしな。
「丸井」
「あ?」
「谷岡のことを気にかけてやってくれ。俺だと警戒されそうだからな」
「あー……」
わかった。
そう言ったと同時に呼ばれた丸井に「頼むぞ」と念を押せば、小さく頷いて駆けて行った。