「自分の仕事もせずに切原とお喋りしてたかと思えば、今度は休憩か」


幸村たちに連れられてコートに戻ったと同時に聞こえてきた声に、ぴたりと足が止まった。


「俺たちは遊びでやってんじゃねえ」


俺たちの数メートル前方、コートの隅で立つ跡部と、その足元でしゃがみ込む芽衣子。
跡部が芽衣子に、言葉を浴びせとった。


「やる気がない奴にいられても迷惑だ」


どういう経緯で跡部が芽衣子にそんなことを言ったのかは知らん。
けど芽衣子がどこかに走って行ったのを見た瞬間、俺の体が勝手に動き出した。


「おい仁王!」


俺を呼ぶ幸村の声なんて聞こえん。
駆け出した足は真っ直ぐ跡部に向かっていて、跡部が振り返ったと同時に動いた手は、


「…ッ…いってぇ、じゃねえか」


無意識に、跡部を殴っていた。
何事かと周りがざわつき始めたのを感じながらも、相変わらず言うことを聞かない手は跡部の胸倉をつかむ。


「ええ加減にしんしゃい。お前何様なんじゃ」

「は、?」

「何様だって言っとるんじゃ。あいつがどんだけつらいかも知らんで、適当なこと言うんじゃなか」

「…つらい?」

「吐き気と痛みで死にそうなくらいつらいのに、無理して笑って走り回ってたんじゃ。俺らのこと気にかけて、誰にも痛いともつらいとも言わずにこらえて、それでも俺らのために頑張っとったんじゃ」


きっとこんなん、芽衣子が知ったら嫌がる。
もしかしたら今俺がしとることは、芽衣子が一番嫌がることで、一番芽衣子を悲しませることなのかもしれん。


「お前が言ったような中途半端な奴を、俺らが連れてくると思うか?喧嘩売っとるなら買うぜよ」


わかっとる。
こんなん芽衣子が嫌がることも、跡部は芽衣子の具合の悪さに気付いてなかったことも、悪気がなかったことも、みんなわかっとる。

そんなことちゃんとわかっとるのに、苛立ちとか跡部を許せんって気持ちばっかりが先行して、冷静な判断ができん。
こんなん、ちっとも俺らしくない。そうわかってても、


「仁王」


芽衣子のことを思うと理性なんて消えて、跡部の胸倉をつかむ手が離れることはない。
なのにすぐ後ろからは幸村の俺を呼ぶ声がして、


ゴンッ


「……ッ!!」

「なにお前、谷岡さんがそんなに具合悪いってわかってたわけ?」

「…精市、」

「わかっててお前あんなこと言ったの?もう死ねよ」


パッと離した手で自分の頭を押さえ、反射的にしゃがみ込む。
ま、まじでなんなんじゃこいつ…ッ!


「谷岡さん具合悪いの?」

「…た、ぶん、死にそうなくらい、」

「なんで放っといたんだよ馬鹿」

「精市、もうやめてやれ。仁王が死ぬ」


そう言ってもう一度ラケットを振り被った幸村を、参謀が止めた。
あああ…ほんとに幸村は容赦なか。


「…なんで放っといたわけ」

「……芽衣子はあれで、責任感強いきに。…俺がなにか言ったところで絶対に休まん」

「そんなの言ってみなきゃ、「芽衣子は、」


幸村の言葉を遮って、念を押すように言う。


「……芽衣子は、そういう奴なんじゃ」


芽衣子は昔から、俺には理解できないくらいに責任感が強くて、真面目なところがある奴じゃった。
普段は全然そんな感じせんのに、芽衣子が“これ”って思った時にだけは、それが発揮された。

今回は、この合宿がそうやったんだと思う。


「……お前さ、馬鹿じゃないの?」

「………………」

「跡部も跡部だけど、お前もお前だよ」


そう言って、幸村は大きなため息を吐いた。
耳が痛くなるような言葉に、俺の中の罪悪感がじくりとえぐられていく。


「様子がおかしいくらいにしか思ってなかった俺たちと違って、それだけのことに気付けてたお前が、こういう時の谷岡さんにとっての逃げ場だったんじゃないの」

「…俺じゃのうても、」


ゴンッ


「いい加減にしないと怒るよ」


もう怒っとるじゃろ…ッ!
そう言いたくてもきっと俺には言う権利なんかなくて、ただラケットで殴られた頭を押さえることしかできない。


「お前、やっぱ俺がさっき言ったことわかってないだろ」

「嘘嘘、嘘じゃ。わかっちょる」


ちょっとしたお茶目…のつもりじゃったけど、考えてみればお茶目さ出すところじゃなかった。
そう思いながらラケットで殴られた頭をさすれば、幸村が今日一番のため息を吐く。


「……いくら谷岡さんと俺たちが親しくなったって、結局谷岡さんが一番信頼してるのも、あの子のことを理解してるのもお前なんだよ」

「……………」

「谷岡さんの変化に一番敏感なのはお前だろ。お前だから、谷岡さんが今にも倒れそうなくらい具合が悪いって気付いたんだろ」

「………ん」

「俺たちの中で一番谷岡さんを大切に思ってるお前が、谷岡さんを突き放して、手放してどうするんだよ」


ほんと、幸村の言葉が正論過ぎてぐうの音も出ん。
なんであんなこと言ったんじゃろ、俺。


「あーあ、可哀相に。死にそうなくらい具合悪い中頑張ってたのにお前に突き放されて、それでも迷惑かけられないからって頑張ろうとしてたら跡部にあんなこと言われて。今頃泣いてんじゃないの」

「………」

「………」

「お前にも言ってるんだからね、跡部」

「……ああ」


幸村の言葉に短く答えた跡部は、もしかしたら俺と同じような気持ちでいるのかもしれん。
罪悪感と後悔で今にも潰れそうな俺に、「ほら」と幸村が呟く。


「さっさと探しに行けって言ってるんだよ、馬鹿」

「……ん」


腰を上げて幸村を見れば、呆れたような表情で眉をひそめる。


「絶対、連れて帰ってこいよ」

「ん」


任せときんしゃい、とは言えんけど。
それでも今すぐ芽衣子に会いたくて、俺は急いでコートを駆け出した。



  


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