とりあえず、薬飲んであったかくしときゃ大丈夫でしょ。
そんな雑な対処法で練習を乗り切ることにしたわたしは、羽織ったジャージの袖を捲って気合を入れる。
「…よし、っ」
っていうか、そんな深く考えることもないよね。
今はまだあんまり動いてないから痛むけど、こういう時って多少(の範疇に入るかはわからないけど)運動した方がマシになるって聞くし、そのうち薬も効いてくるだろう。病は気からってやつだ。
それに柳生くんが、わたしはやればできる子だって言ってたから。大丈夫、わたしはやれる。できる。
「あっちー!!」
わ、びっくりした。
突然聞こえてきた声に振り返れば、外周を終えたみんながゾロゾロと戻ってきたところだった。
急いでドリンク作ってもぴったりのタイミングだったんだから…次からはもう少し、急いだ方がいいかもしれない。
「ドリンクとタオルありますよー」
およそ20人分のドリンクが入ったカゴを地面に置き、手にかけたカゴの中からタオルを渡す。
わー、みんなすごい汗。バス乗ってる時に感じたけどこの辺坂道多いしなあ。
「あ、昨日の子だ!」
「…ん? あ、」
ジローくんだ。
昨日の夜話してた時、「ジロくんいっつも寝てるんだってよ」とか言ってたからその姿を見てただけに心配だったけど、ちゃんと走ってたらしい。一安心。
「昨日はごめんねー」
「いや、うん、いいよ。ブン太に会えてよかったね」
「うん、連れてってくれてマジありがと!」
「あ?呼んだ?」
「話題に出ただけ」
おかえり。
寄ってきたブン太にタオルを渡せば、なぜかまじまじと見られる。やめてほしいん、だけど。
「な に、」
「…いや、なんでもねーや。そういやお前仁王見てねえ?」
「見てないよ。最後の方なんじゃん?」
「いつもならそうなんだけど、今日いなかったんだよな」
それってつまり…どういうことだろう。
いつもなら最後の方にいるけどいなかったってことは、前の方を走ってたのか。
だとしたらさっさとタオルとか取りに来てると思うんだけどな。(第一先頭を走るタイプには思えない)
「まあいいや、じゃあ俺行くから」
「あ、うん」
「頑張るのはいいけど無茶はすんなよ」
そう言いながら歩いて行ったブン太に、正直ちょっと、驚いた。
…あいつもあいつで、無意識に鋭いのかもしれないな。
「おい」
「っ…え、は、い」
ブン太の方に視線を向けていると突如かけられた声に、肩が大きく震えた。
わ、どうしよ。あとべくん、だ。
「もらうぞ」
「…え、あ。どうぞ」
足元に置いていたカゴからドリンクを取った跡部くんに、おずおずとタオルを差し出す。
…差し出した、のに。
「………」
「……(こわい、)」
なんなんだろう。
タオルもドリンクも持ってるのにいつまでも目の前にいられるのはちょっと、こわい。
そう思って意を決して顔を上げれば、なぜかわたしのことをガン見する跡部くん。
「あの、」
なにか。
そう聞こうとしたタイミングでぷいっと視線を逸らした跡部くんは、つかつかとどこかに向かって歩いていく。
なんなんだあの人。でもまあ救われた。
「…ん?」
一時的に人だかりができていたわたしの周辺から人が散っていき、徐々に視界が広くなる。
そしてわたしの視線の隅に入ったのは、
「ちょっと、」
「…ん?」
「だめじゃんちゃんと取りにこなきゃ」
木陰で木を背もたれにしゃがみ込む、まーくん。
なにしてんのあんた。
「ほら、ドリンク飲んで」
「ん、ありがと」
「なんで取りにこないの。そんなに疲れた?」
「そこまで疲れとらんよ」
ってことはよっぽど暑かったのかな。だったらなおさら取りに来るか、呼んでほしかったんだけど。
そう思いながらわずかに額に張り付いた前髪を分け、タオルで汗をぽんぽんと叩く。
「次はちゃんと来なきゃだめだからね」
「ん」
本当どうしたんだろ、まーくん。
そう首を傾げながら頭の上にタオルを乗せれば、まーくんがわずかに、目を伏せたような気がした。