「もうやだまーくん嫌い」
「芽衣子に嫌われたら俺生きていけん」
「大丈夫まーくんは強い子だから」
午後6時半、私の部屋。
ジャッカルくんによる必死の慰めもブン太や幸村くんによる爆笑もすべて遮断した私は、ただ今ベッドにもぐりこんで絶賛ふてくされ中。
「…まーくんが悪いんだよ」
「えー」
「まーくんがあんなこと言うから現実になっちゃったんだ」
「子供みたいだね」
「うるさい幸村くん。私はまだ成人してないんです。子供です」
数十分前のことを思い出せば出すほどに、まーくんのことが恨めしくなった。
柳くんは「お前のくじ運もあるんじゃないか」とか言ってるけど、そんなの断じて認めない。たまたま私が引いた番号が悪すぎて最悪の形になっただけで、何番が出ようと肝試しが嫌なことには変わりはないんだ。
「先輩大丈夫っすよ、いざとなったら俺一緒に行ってあげますから!」
「…そんなことできるかわかんないし」
「一応森の中通るわけだし、流石の跡部も女ひとりで行かせるほど鬼畜じゃないと思うよ。万が一なにかあったら大変だからね」
「最後にあんなこと言った以上私の中では鬼畜入りしたよ」
「すげー言われようだな跡部」
笑ってないでどうにかしてよ。
そう言いたくなったけど、残念ながら感情論が先行しそうなブン太にそれができるとは思えない。幸村くんや柳くんならまだしもね。
「でもさ、谷岡さん」
「…なに、」
「これは氷帝の奴らと仲良くなるチャンスだよ。谷岡さんは最後なんだから、それまでいろんな奴と話せるだろ?」
その声にシーツを下ろし幸村くんを見てみれば、彼は私の想像以上に優しい顔をしていた。
…ふん、私ちゃんとわかってるんだからね。
幸村くんが真田くんと話す機会をさりげなく作ってくれたことも、ジローくんに連行された時私のことを思って声をかけずにいたことも、みんなみんな柳くんから聞いて知ってるんだから。
嬉しかったん、だから。
「…けど、こわいんだもん」
「大丈夫だよ、1人で行かせないようになんとか言うから」
「そうじゃなくて、…いやそれもあるけど」
言っていいのかわからなくて、下げたシーツをもう一度被る。
それと同時に聞こえてきた「ほかになにかあるの?」という幸村くんの声に、私はひそかに顔をしかめる。
「…あとべくん、だっけ。その人が、こわい」
俺から言うから、なんて幸村くんは言ったけど、本当にそうなったらただ幸村くんに任せるというわけにもいかないだろう。
私だって、ごめんねもありがとうも言えない非常識な子のつもりはないんだ。
「ふ、ふっ…く、…っ」
「…ちょっ、笑わないでよ幸村くん」
「安心しろ谷岡。あいつは悪い奴ではない」
「…良い奴ではないんでしょ」
「今日はたまたま話す機会に恵まれなかっただけで、話してみればお前も俺の言っていることの意味がわかるさ」
「………」
本当かなあ。
もう一度シーツを下げて柳くんを見やれば、私を安心させようとしてるのだろうか。穏やかに笑いながら「大丈夫だ」と念を押すように言った。
「そうっすよ先輩、なんかあったら俺がぼっこぼこにしてやりますから!」
「…切原くん、朝幸村くんに言われたこと忘れてるの?」
「………すいません」
私が言わんとしてることが伝わったらしい、物分かりのいい子だ。
そう思って切原くんの頭を撫でようと手を伸ばせば、その手がブン太に掴まれ、強制的に体を起こされる。
「ったく、悪い方にばっか考えるから駄目なんだっつの!肝試し終わったらなんか楽しいことしようぜ、な?」
「…楽しいこと?」
「っあ、いいっすね丸井先輩!そういえば俺芽衣子先輩の好きなお菓子持ってきてるんですよ!」
「柳なんて1番だからな。トップバッターはなかなかつらいぜ」
「そういうお前だって3番だろう、ジャッカル」
……あれ、なんかやばい。ものすごい情けなくなってきた。
別に私はみんなを困らせるためにここに来たわけじゃないのに、なにしてるんだろう。
「……………」
本当に、なにをしてるんだろう。なにを考えてるんだろう。
確かに私は人一倍怖がりだけど、それでも私には、こんなにも優しい友達がついてる。
私が1人で行かなくて済むように配慮してくれるっていう幸村くんがいて、跡部くんは悪い奴じゃないって安心させようとしてくれる柳くんがいて、(いいことではないけど)ぼこぼこにしてくれるっていう切原くんがいて、楽しいことをしようと提案してくれるブン太がいて、気持ちを軽くさせようとするジャッカルくんがいて。
きっと今ここにいない人だって、今は姿が見えないまーくんだってきっと同じようなことを言ってわたしを元気づけようとしてくれるだろうに、私は本当になにをしてるんだろう。
「……う、ん」
「え?」
「…がん、ばる。わたし」
そう言えば、一瞬目を見張った幸村くんが、「いいこだね」なんて言いながら頭を撫でる。
もしかしたら、幸村くんにこんなことをされるのは初めてかもしれない。
「よし、それじゃ気分変えるために温泉でも行こうか。谷岡さん楽しみにしてただろ?」
「温泉、っ」
行きたい、行く。
一気に浮上してきた感情のまま言えば、ブン太と柳くんがわずかに笑った。
そうと決まればうかうかしてはいられない、急いで準備を――…と、そうだ、その前に。
「…まーくん?」
姿が見えない彼を呼ぶも返事はなく、代わりにブン太が「あそこ」と指さした。
……どうりで、どこにいるかわからなかったわけだ。
「ね、まーくん」
「…どーせ俺は芽衣子に嫌われとるもん」
「あれ嘘、嘘吐いた。ごめん」
私の部屋の隅で拗ねたようにしゃがみ込むまーくんは、なにがあるわけでもない窓の外を眺めてる。わあ、全然こっち向いてくんない。
「まーくん、まーくん」
「………」
「ごめんね、さっきの嘘だよ」
「………ん」
「私頑張るからさ。順番来るまで、一緒にいてほしい」
「……しょーがないのう、甘えん坊の芽衣子ちゃんは」
甘えん坊はどっちだ。
そんな言葉は胸に閉まって、立ち上がったまーくんの手を取った。