「は、あ……っ」
「…おい、芽衣子大丈夫か?」
膝に手をついて肩で息をするわたしにそう言ったのは、ここに来た目的であったブン太だった。
……いや、別にわたしが会いたかったわけではないんだけど。
「お前何でここいんの?」
「…いや、何かブン太に会いたがってる男の子に遭遇し、」
「あッ丸井くーん!」
コートに着くなり「サンキュ!」と言ってわたしの手を放した男の子は、わたしと話すブン太(トイレから戻ってきたところらしい)を見つけるなり目を輝かせて走ってくる。
ブン太もブン太で「おージロくん」とか言ってるし。仲良しなんだなきっと。
「何、俺に会いにきたの?」
「うん!試合しよー!」
「おーいいぜ、ちょっと待ってな」
わあ、なんかブン太お兄ちゃんっぽい。
そういえばブン太って弟たくさんいるんだっけ。まーくんから聞いただけだったけど、これ見たらちょっとなっと、
「ジローが悪いな」
「うわッ」
ブン太とジロくん?という男の子がコートに向かうのを見送って、任務完了とばかりにみんなのところに戻ろうとした時だった。
突然声をかけられたかと思って顔を上げれば、そこには帽子を被った氷帝の男の子。
「あ、悪ぃないきなり声かけて」
「い、いえ…」
「俺は宍戸亮、お前立海のマネージャーだろ?」
「いや、マネージャーでは、…」
「?」
別にマネージャーじゃないけど、わざわざ説明するのも話すのも面倒くさいな。まあマネージャーってことにしとけばいっか。
しかし、この人は普通っぽい。
うちでいうと……誰だろう、ジャッカルくんあたりが一番近いかな。
「え、と。谷岡芽衣子 です、」
「どうせジローに引きずられてきたんだろ?悪いな面倒かけて」
「いやいや、うん、大丈 夫」
ししどくん、宍戸くん。
話せば話すほどにジャッカルくんに似たものを感じる。ってことは、いい人なんだろう。
「これから5日間よろしくな」
「う ん。こちらこ、「宍戸さーん!」
「おう、今行くー」
わたしの言葉を遮る形で聞こえてきた声に、宍戸くんが反応する。
…うわ背でかっ。
「じゃあ行くわ。お前も立海とうちとって大変だろうけど頑張ってな」
「うん、宍戸くんも頑張って…!」
「? おう、サンキュ」
ジャッカルくんと似たものを感じたから、アクの強い中で頑張れって意味だったんだけど…あの笑顔を見るに伝わってないな、きっと。
いや、もちろん自主練も頑張ってって思ってるけどねちゃんと。
それにしても、まさか立海の誰かっていう後ろ盾もないまま氷帝の人と一対一で話せるとは思わなかった。柳生くんの言う通り、わたしはやればできる子なのかもしれない。
「お、谷岡。どうした?」
「あ、ジャッカルくん」
るんるんとスキップをしたくなったけど氷帝の人に見られても困るので、と平静を装って踵を返したところだった。
…ペットボトル持ってるし、飲み物買ってきたのかな。
「…っあ、ジャッカルくん聞いて聞いて。わたし今、氷帝の人と一対一で話せたよ」
「マジか、よかったな。誰と話したんだ?」
「えっと、最初はジロくん?って人」
「ああ、芥川か」
へえ、芥川ジローくんっていうんだ。
2、3分とはいえ手を掴まれた状態で一緒にいたっていうのに、まさかジャッカルくんを通じてフルネームを知るとは。
「ラケット持って木陰で寝てたから声かけたら、ブン太探してたみたいだから連れてきた…っていうか連れてこられた?」
「大変だったんだな」
苦笑しながら「お疲れ」というジャッカルくんに、やっぱりこの人は立海が誇る常識人だと改めて思った。
…あ、そうだッ。
「あとね、宍戸くんって人とも話した」
「へえ、そうなのか」
「ジローがごめんなって言ってくれたよ」
ジャッカルくんみたいに優しい人だったから、ちゃんと話せた。
そう付け足して言えば、「俺は別に普通だと思うけど、宍戸はいい奴だぜ」とジャッカルくんが笑う。謙遜しなくていいのに。
「でも何はともあれ、話せて良かったな」
「うん」
「もうあいつらのとこ戻るのか?」
「うん、多分待たせてるし」
「そっか」
帰りは災難に遭わないようにな、と冗談っぽく言ったジャッカルくんに手を振り歩き出す。
あとでみんなにも真田くんにも報告しようと思ったわたしは、ただひとり、それを快く思っていない人がいることを知らなかった。