「幸村く、んッ」
「わ、びっくりした」
はあ、はあ。
あれからほとんどスピードを緩めることなく幸村くんの元まで駆けてきたわたしは、息を切らしながら彼を呼んだ。まさしく幸村まっしぐらである。
「なに、そんな急いでどうしたの?」
「さっ き、ごめんッ」
呼吸を整え彼を見据えて言えば、ぽかんとした顔の幸村くんが、不思議そうに目を丸くした。
「さっきってなに?」
「…切原くんのこと。たぶん言い過ぎたから、ごめん」
「ああ、そのこと」
そう言いながらわたしの手を掴んだ幸村くんは、食券を買うための列から外れてどこかへと歩き出す。
え、ちょっとどこいくの、ご飯買わなくていいの?
「あそこじゃ人多かったしね。谷岡さん気付いてなかったかもしれないけど、結構人見てたよ?」
「…ごめん、気付かなかった」
「別にいいよ俺は、面白かったし」
面白かったってなんだ。
そう問おうとした瞬間急に立ち止まった幸村くんの背中に、わたしの鼻が思い切りぶつかった。痛い。
「赤也がごめんね」
「…そのことはもう、「これは先輩として…っていうか、部長として。せっかく泊まらせてくれたのに、うちの後輩がごめんね」
「……うん、いいよ」
ガヤガヤとしていた建物から外に出たせいで、幸村くんの声がよりはっきりと聞こえる。
だから、幸村くんの声がいつもより優しげなものに感じるのは、きっと気のせいじゃない。
「それと、ありがとう」
「…なにが?」
「赤也のことかばって、ちゃんと意見してくれて」
穏やかな表情で言った幸村くんだけど、どうしてそんなことを言われるのか、正直わからなかった。
だってわたしは自分が思うように言っただけで、お礼を言われるようなことなんてしてないはずなのに。
そんなわたしの考えを読んだのか、少しだけ困ったように幸村くんは笑う。
「赤也のことも部活のことも、どっちも考えてくれてありがとうってこと」
「…それって、お礼言われるようなことなの?」
「俺にとってはね」
「そっか」
じゃあ、どういたしまして。
まだいまいちわかってないけど、多分これは、聞いたところで理解できないことな気がする。
「…あ、」
「なに?」
「わたしも、ありがと。切原くんのことちゃんと注意してくれて」
「ふふ、どういたしまして」
柳生くん、やっぱり柳生くんの言う通り、幸村くんは気にしてなかったよ。
…でも、ちゃんと謝れて良かった。
「…なに笑ってんの?」
「…さっき柳生くんに、相談したの」
「俺のこと?」
「うん。そしたら、幸村くんはきっと許してくれるから大丈夫って、背中押してくれた」
「なるほどね」
良い奴でしょ、柳生も。
少し誇らしげに言う幸村くんに「うん」と同意すれば、掴まれたままだった腕がまた引っ張られる。
「ちょ、」
「お昼食べよう、あいつらも待ってる」
「う、ん」
言われるまま、引っ張られるままに建物の中に戻れば、さっきのわたしたちを見ていたのかテニス部のみんながこっちを向いていた。
うわ、あ。恥ずかしい。柳生くんだけ笑ってるし。
「どうしたん、なんかすごい勢いで出てったじゃろ」
「いや、うん、なんでもない」
話したところで「またそんなこと気にしてんの」って言われるだけだし。
そう思ってまーくんのすぐ隣に目を向ければ、相変わらず笑う柳生くんの姿。
「あの、やぎゅ うくん」
「はい」
「大丈夫だった。ありがと」
「はい、どういたしまして」
良かったですね。
言いながら笑う彼につられてわたしも笑えば、不思議そうな顔をした6人がわたしたちを見ていた。