「芽衣子、髪結んで」

「あれ、さっき結んでなかったっけ」

「なんかうまくいかんかったからさっきほどいた」


結局、こうなるんだなあ。
もう間もなくバスが発車しようかという頃、当然のように言い放って背を向けてきたまーくんにため息を吐いた。三つ編みにしてやろうかこのやろう。


「あっずりー仁王!芽衣子、俺のも結べ!」

「なにがずるいの。あんた結べる長さじゃないでしょ」

「前髪結べますー」

「結ぶ必要ないでしょ」

「丸井ちゃんと座っていろ、揺れるぞ」


柳くんがそう言った瞬間動き出したバスに、なんというか、すごいな柳くんとか思った。
いや、たまたまタイミングが合っただけなんだろうけど。


「ねえ柳くん」

「ん?」

「どれくらいで着くの?」

「途中の休憩や食事も含めて、3時間半くらいといったところだな」


いつも通りというか当然というか、わたしの隣を陣取ったまーくん。
その後ろに座ったブン太をたしなめた柳くんはわたしの後ろの席だけど、ここに柳くんがいるっていうのは少し珍しい組み合わせな気もする。


「……あれ」

「どうしたんじゃ?」

「いや、部員って8人で、わたし含めて9人だよね。誰か1人で座ってるの?」

「あそこ。幸村が1人で座ってるなり」

「ああ…」


バスの右列の方を向きながらまーくんが指した指の先を目で追えば、確かに1人で座る幸村くんの姿があった。
わたしは柳くんの前の席だから対角線…とまでは言わないけど、幸村くんは反対側の列の一番前の窓際だから気付かなかった。


「…………」


まあ、うん。
部長だからとか幸村くんの性格とか考えたら1人っていうのはむしろ悠々自適なのかもだけど、寂しくないのかな。結局謝るタイミング逃しちゃったし。
そう思いながら彼の後ろを見れば、爆睡してるのか窓に顔を傾ける切原くんと、彼の左に座る真田くん。
そしてその後ろでは、柳生くんとジャッカルくんが窓の外を見て談笑してた。

ちなみにわたしが希望した隣の席は、柳くんかジャッカルくんか柳生くん(彼らはわたしにとっての安息地である)。
まあ柳くんがいるからまだいいけど……いいなあそこの2人、平和そう。


「はい、できた」

「ん、ありがとさん」

「ねえ蓮二、練習始めるのって全員そろってからだっけ?」

「ああ」


右列の一番前に座る幸村くんが柳くんに聞く。

…そうだよ、こういうこともあるだろうし、やっぱり幸村くんも誰かの隣に座ればよかったのに。
まあわたしがいる以上奇数にはなるから、どうしたって誰かしらは1人で座らなきゃならないわけだけど――…


「…あ、わたしか」

「なんが?」

「あ、ううん、なんでもない」


そうか。わたしが余計だからいけなかったんだ。
……休憩のあとは、1人で座ることにしよう。

あれ、っていうか。


「我々以外にもどなたか参加されるのですか?」

「ああ。氷帝がな」

「はあ!?聞いてねーよ!」

「あはは、ごめーん俺言い忘れてた」


幸村くんの明るい声に震えるブン太はいいとして…ちょっと、どういうことですかそれ。
ひょーてい?って、なにそれ、誰。


「まーくんまーくん」

「ん?」

「氷帝ってなに?」

「中学の時からいつも大会で一緒になっとった東京の学校じゃ」

「へえ」


つまりみんなにとっては、昔からよく知る他校のテニス部の人たちってことか。
…いや、待て待て待て。


「ままままま、ま、まーく、」

「動揺しすぎだろぃ」

「どうした谷岡、なにかあったか?」

「わわ、わたし、人見知り、する…!」


まーくんの腕をがっしりと掴み言えば、後ろに座るブン太が笑う。
お前がそんなに動揺してるとこ初めて見たじゃないよ、うるさいよあんたはわたしの気も知らないで…!


「なに、マジで人見知りなのかよ?俺らとはすぐ仲良くなったくせに」

「そもそもまーくんがいるっていう安心感あったし柳くんとは転校前に一回だけど会ってたしブン太は隣の席じゃんっ、なによりみんなは、まーくんの友達だから」


なんとかなった、けど。
行き場のない不安感だけがぐるぐると渦巻いて、なんだか嫌な汗がにじんできた気がする。


「なにもお前ひとりなわけじゃない、俺たちもいるんだ。心配しなくていい」

「…うううう、ん」

「別に無理に関わんなくても、俺らにひっついときゃいんじゃね?」

「そういうわけにもいかないでしょ」


気遣ってくれるのはすごくありがたいし頼もしいけど、…本当はブン太が言うようにしたい、けど。
一応わたしが行く目的はサポートなわけだから、最低限のことは……あ、でもあっちからは正規のマネージャー来るのかも。ていうかマネージャーでもないわたしが連れてこられたんだから、その氷帝さんってとこも連れてきてるだろう、うん。


「だいじょーぶ、なんかあったらすぐ俺んとこ来ればええから。な?」

「…うん、」


わかった。
そう言って頷くわたしの頭を撫でるまーくんの手に、なんだか少し、不安が消えた気がした。



  


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