「あああああ……」
重い、重すぎる。
もう3度目になったコートと部室の往復に、数時間前にあんなことを言った自分を本当に恨みたくなった。
あれからドリンクの作り方やらタオルを配るタイミングやら色々と教え込まれたわたしは、最後の任務であるボール運びに勤しんでいた。柳蓮二、ああ見えて人使いの荒い男である。
まあわたしが明日以降やらなきゃいけないことのすべてをメモにまとめといてくれたことに関しては感謝するけど、それにしたって何もかも初めての経験であるわたしにはつらい。きつい。
っていうか重いもの持ったりしないとか言ったじゃん幸村くんの嘘吐き。
いや確かに走り回っちゃいないけどそういう問題なのかって気もするし、でも幸村くんならそういう屁理屈言いそうな気もするし……まーくんに言わせれば、きっと騙される方が悪いということになるんだろう。悔しい。
「よいしょ、と…」
ボールがぱんぱんに入ったカゴを持つ手に力を込め、勢いよく持ち上げる。
あー、半端じゃなく手が痛い。
けどこれ運び終わればもう終わりだし、さっさと運んじゃって着替えて帰ろう。
そう思っていたわたしに、
「おう、お疲れ」
「あ、ジャッカルくん」
背後から突然声をかけてきたのは、ジャッカルくんだった。
もうみんな部室に戻ったはずなのに…っていうか、どうしてテニス部の人ってみんないきなり話しかけてくるんだろう。結構びっくりするんだよね。
「大変だったろ、やること多くて」
「…自業自得だから仕方ないよ」
「自業自得?」
「…あ、ううん。気にしないで」
何でもないから。
苦笑しながら言ったわたしを不思議そうに眺めるジャッカルくんは、その視線をわずかに落とす。
「それで最後か?」
「うん、これで終わり」
「そっか」
ジャッカルくんがそう言った瞬間、わたしの手から重みも痛みも消え去って、なぜか彼の手にカゴが握られていた。
ちょ、君疲れてるんだからそんなことしちゃだめだよ!
「いやジャッカルくん大丈夫だから、」
「平気だってこれくらい。それに、前はお前が手伝ってくれただろ?ボール拾い」
「…それ、は。そうかもしれないけど、ジャッカルくん疲れてるんだからいいよ」
「使えるもんは使っとけって。頑張ってくれるのはありがたいけど、明日がきついぞ」
って言っても手伝うのが最後の最後だから、そんな変わんないだろうけどな。
あんなに重かったカゴを軽々と持って歩くジャッカルくんは、そう言いながら白い歯を見せ爽やかに笑う。
や、やばい。何か目頭がぶわっと熱くなったような気がする。
「やっぱジャッカルくんはいい人だ…」
「なんだよ急に、これくらい当たり前だろ?」
「当たり前じゃない奴らが今部室にいるんです…」
いや、タイミングさえ合えば手伝ってくれる人がほとんどだとは思うけど、それでもジャッカルくんだからこそこのタイミングでやってきてくれたんだろう(柳生くんもジャッカルくん側の人間だとわたしは信じている)。
「気にすんなって。きっと無理に頼んじまったんだろうからな」
「いやいやそんなことないよ。うん、ジャッカルくんがテニス部にいてくれてよかった、本当に。ありがとう」
よかった、テニス部にも救いはあった。
柳生くんとジャッカルくんが常識人なのはわかってたし柳くんだって出会いが出会いだったから優しい人だと思ってたけど、彼に関してはそこはかとない裏切られた感があったからな……裏切るということを知らないジャッカルくんには本当に頭が下がる。心強いマジで。
「あ、芽衣子いたぞ!」
「ん?」
部室まであと数メートルというところで聞こえてきたブン太の声に意識を移せば、わずかに開いたドアから顔をのぞかせるブン太と切原くん。
どうした薄情者たち、わたしに何か用か。
「なー芽衣子、仁王にもちょうど今聞いたんだけどさ」
「なに?」
ようやく着いた部室の前でジャッカルくんに改めてお礼を言い、ブン太の言葉に耳を傾ける。
そして何だろうと首を傾げるわたしに、
「今夜のことなんですけどッ」
「お前らん家泊まり行っていい?」
楽しげな切原くんとブン太が、ニッと笑いながらそう言った。