「芽衣子なにしとるん?」
「ん、またアルバム見てたの」
テニス部のみんなも帰り、静かになったリビング。
テーブルの上で広げられたままだったアルバムをめくっていると、飲み物を手にしたまーくんが肩口から覗き込んできた。
「…あ。ねえねえ見て」
「ん?」
「一緒にお花畑行った時のやつだよ」
一枚の写真を指差しながら言う。
そこに映るのは、ちょっと歪な輪っかを頭に被り楽しそうに笑うわたしと、その横に座るまーくん。
「まーくんが花の冠作ってくれたんだよね」
「ああ、そんなこともあったのう」
「覚えてるんだ」
「覚えとるよ」
覚えてないと思ってたのに、なんて思いながら肩口から覗き込んでいた彼の方を見れば、懐かしんでいるのだろう笑顔を浮かべていた。
くそ、自分で言い出したくせになんか恥ずかしい。
「この後のこと、覚えとる?」
まーくんの一言に、心臓がどくんと跳ねて、周囲の空気が少しだけ変わったような気がした。
もしかしたらわたしの勘違いかもしれない。
それでも心臓はどくどくと鳴って、まーくんは、まるでわたしの心の内なんか読めているとでも言わんばかりに、耳元で言葉を紡ぐ。
「芽衣子がお姫様みたいって喜んで」
「………」
「結婚する時は、もっと綺麗な格好するらしいって俺が教えたんじゃ」
「…そう、だね」
「そんで芽衣子は、目ぇきらきらさせて、いいなって言っとった」
「……うん、」
まーくんはわたしに思い出させるように話すけど、忘れてなんかいない。
わたしはあの日のことを、ありがちな子供同士の口約束を、ちゃんと今でも覚えてるっていうのに。
「だから俺は、」
そこまで言った時、玄関の方から大きな音が鳴り響く。
突然聞こえてきたチャイムの音に「ひゃっ」なんて声が出たけれど、おかげでおかしなことになっていた空気は一瞬で壊れた。
「どちらさ――…」
「わりっ、俺携帯忘れてねえ?」
逃げ出すように玄関に向かったわたしがドアを開ければ、走ってきたのか少しだけ息の荒いブン太がいた。
携帯、って。忘れ物しないようにねって言ったのに。
「ブンか」
「携帯忘れたかもしれないって」
とりあえず入りなよ。
まーくんの反応からしても見覚えはないみたいだし、とブン太を迎え入れる。
「わりーな、…お、あったあった」
「わたしちゃんと言ったのに」
「だから悪かったって。そんじゃ、あいつら待たせてるから俺もう行くわ!」
じゃあまた学校でな。
そう言ってブン太が去ったと同時に、広いとは言えない家の中に静寂が訪れる。
「…嵐みたい」
「ブンと赤也はいつもあんな感じなり」
「あっちの家の時もしょっちゅう遊びに来てたの?」
「連絡も寄越さんでな」
玄関を見ながら話していると、まーくんが踵を返してリビングの方へ向かう。
それに続くようにしてリビングへ戻れば、数十秒前と同じ光景が広がっていて、少しだけ息が詰まるような感覚に陥った。
「まーくん、」
「ん?」
「ちょっと早いけど、夜ご飯の材料買いに行こ」
言いながら、わたしは記憶に蓋をするようにアルバムを閉じた。