「おいブン太、寝るなら電車乗ってからにしろよ」
「あー…」
「谷岡さん、もう暗いので気をつけてくださいね」
「心配しなさんな。俺が一緒なんじゃ」
「ふふ、お前だから心配なんだけどね」
「…やめんしゃい幸村」
ラーメン屋さんの前。
食事を終えわたしたちは、同じ方向同士に別れて帰ることになりました。
「ジャッカル、丸井のことは頼んだぞ」
「おう、お前らも気をつけてな」
「うむ。それでは帰るとするか」
「じゃあ先輩たち、また明日っす!」
電車に乗って帰る人、駅の反対側に向かう人。
みんなにバイバイと手を振りながら歩く、まーくんとの帰り道。
「はー、おいしかった」
「あんだけ食えば流石に満足じゃろ」
「デザートも入るよ」
「入れんでええ」
わたしの頭を小突いたまーくんが言う。
ブン太だってかなり食べる方なのに、なんでわたしには呆れたような顔をするんだろう。
「…あ、そうだ。さっき柳くんに聞いたんだけど、」
「ん?」
「昼休みに言われたやつの意味教えてくれなかった。なんだっけアレ、カタカナだったのは覚えてるんだけど」
横を見てそう言えば、まーくんがあからさまに顔をしかめる。
学校ではこんな表情見ること少ないし、これも気を許されているという、身内の特権なのだろうか。
「知らんでええって言ったじゃろ」
「でも隠されたら知りたくなる」
「…あんまええ意味じゃないけ、知らないで欲しいんじゃ」
事実でもない適当な悪口だし、と言いながらまーくんが空を仰ぐ。
それにつられて見上げれば、まるで墨汁をぶちまけたように真っ暗な空が広がっていた。
「まあそれなら、気にするのはやめるけど」
「ん」
「…今日は、色々ありがと」
空を見上げたまま言えば、横を歩くまーくんの視線を感じた。
…確かに感謝してるとは言え、改めてお礼を言うっていうのはなかなか恥ずかしいことなんだからあまり見ないで欲しい。
「体育の時も、庇ってくれたんでしょ」
「…うん」
「痛かったでしょ」
「少しだけな」
「ごめんね、ありがと。おかげで痛い思いしないで済んだ」
視界の端で、まーくんが顔を背けたのが見える。
どうやら恥ずかしがっているらしい。照れてる時に顔や目をそらすのは、まーくんの昔からの癖だ。
「昼休みのことも、ありがと」
「…ん」
「なんで陰口言われたのかも、なんとなく、わかったし」
さっき部活を見に行った時のことから察するに、多分テニス部自体が人気があって、まーくんもきっと、その例に漏れなくて。
だからきっと、わたしのポジションっていうのは、みんなが羨ましいと思う場所なんだと思う。
「身内をあんな風に言われんのは、気分悪いなり」
「だからああ言ってくれたんだ」
「ん」
「ありがと」
「…礼なんか言わんでええ。俺だってあんなとこ芽衣子に見せとうなかったし」
びっくりしたじゃろ。
相変わらず恥ずかしそうに言うまーくんは、わたしの方を見ることもなく、ただ足元に視線を向けている。
「びっくりした、けど。あの時のまーくん格好良かったよ」
「え」
「まーくんも会わない間に男の子になってたんだね」
まーくんも女の子を守ったり出来るようになってたなんて、わたし知らなかったよ。
そんなことを思いながら背伸びをして頭を撫でれば、気持ち良さそうに目を細める。犬か。いやまーくんのタイプ的に猫かな。
「 芽衣子も、女の子になっとった」
「そう?」
「体育の時、芽衣子ちっちゃって思った」
「それはまーくんがでかくなったんだよ」
いや、わたしだって昔と比べればでかくなったけどさ。
それでもまーくんは男の子だから比較にならないし、そもそもまーくんは日本人の成人男性の平均より絶対大きいと思う。
「昔はそんなに変わらなかったのにね」
「な」
「手の大きさだって全然違う」
ぱっと手を取り合わせて見ると、その違いは顕著だった。
昔は一緒に遊んだ帰りとかよくつないだもんだけど、今つないだら昔とは全然違うんだろうな。
「昔はよくつないで帰ったのう」
「あ、ちょうどわたしもそれ考えてた。おつかいの帰りとかね」
「久々につないで帰るか?」
「いいです」
わたし、付き合ってない人とはそういうことしないの。
言いながらまーくんの右腕に手を絡ませれば、「腕組むのはええんか」と笑われた。
「いとこの特権」
「ようわからん」
「喜ぶといいよ、いくら仲良くなったとは言えブン太にはしないから」
「そりゃどーも」
思ってもないだろうにそう言ったまーくんを見上げれば、それは体育の時の必死な表情なんて思い出せないくらいの笑顔を浮かべてる。
そこに昔の面影が残っていたから、わたしには、あの時ドキッとしただなんて言えるわけがなかった。