「ねーねー先輩!」
「なに?」
「先輩もラーメン行くんですよね?」
「あー…うん、誘われた」
コートに入った途端、まーくんとブン太が近寄ってきた。
ブン太は試合、まーくんは試合前のアップをするとか言ってどっか行っちゃったからまあそんなに話してないんだけどね。
そして彼らと入れ替わるようにやってきた切原くん。
あるはずのない尻尾が見えるよ。
「君は練習に参加しなくていいのかい」
「試合待ちっす!」
「そっかー」
「俺年下だから、みんなみたく芽衣子先輩と関われねーし…だから今のうちに独り占めするっす!」
屈託のない笑顔で言った切原くんに、ちょっと胸がきゅんとした。
くそ、抱きしめたい。かわいすぎる。
けどさっきからグサグサ刺さるフェンスの向こうからの視線が痛いから、頭を撫でるだけで我慢しよう。
「先輩彼氏いるんすか?」
「いないよ」
「好きなタイプは?」
「なんだろうな」
「俺は明るい人が好きっす!」
聞いてないけど、なんて思ったけど、かわいい笑顔を見たらどうでもよくなった。
そうかそうか、切原くんは見るからに活発だもんね。それに合う明るい子が好きなんだ。
「切原くん、次の試合はあなたですよ」
「まじっすか、ありがとうございます柳生先輩!」
突然声がして顔を上げれば、確かまーくんの親友の柳生くん。
見た目は真逆な感じなのに親友ってんだから世の中わからないことだらけだなあとか考えてたら、立ち上がった切原くんがラケットを手に走っていった。
「あっ、先輩!」
「ん?」
「俺、試合頑張るんで観ててくださいね!」
振り返ってそう言ったかと思えば、切原くんは数十分前と同じように手(腕)をブンブンと振りコートに向かう。
ちゃんと前見て走んないと転ぶよ。
「谷岡さん、どうぞ」
「ん?」
「春とは言え、これくらいの時間になると風が出てきますからね」
寒いでしょう。
言うと同時に柳生くんが差し出してきたのは、からし色のジャージ。
…柳生くんはジャージ着てるし、誰のだろう。脱いだばかりなのかまだあったかい。
「仁王くんがあなたにと」
「……にお、う が?」
「ええ。寒がりだからと渡すよう頼まれました」
渡されたジャージをそのままに抱え、まーくんの姿を探す。
まーくんだって寒いだろうに、申し訳ない。
「芽衣子ー」
声がする方を見れば、コートにいるまーくんが見えた。なるほど、切原くんと試合だったんだ。
手に持ったジャージを高く掲げれば、わたしの言いたいことに気付いたらしく彼は笑う。
「これありがとー」
「おー、着ときんしゃい」
「芽衣子先輩!俺のこと応援してくださいねー!」
「なに言っとるんじゃ、俺んこと応援するに決まっとる」
「どっちも応援しないけど頑張れー」
えっ、というような顔をした2人のことなんて気にしない。
さっきより少しだけぬくもりの減ったジャージを羽織り、食事当番の件については許してあげようと思った。