「………何、これ」
「あー…」
案の定といえば案の定。
ジャッカルくん同様、両手いっぱいのテニスボールを持った私は、彼と一緒にテニスコートにやってきました。
うん、それはいいんだ。私がジャッカルくんを手伝いたかったから。
しかし、これは…
「レギュラーにはファンがいるんだよ」
「だからこんなに女の子がいっぱい…」
女の子に囲まれていた幸村くんのことと、今日の昼休みのことを思い出す。
ほほう、テニス部って人気あるんだ。すごいな。
「じゃあ今かご持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「うん」
あの女の子集団を前にして中まで行かせるのは酷だと思ったのか、ジャッカルくんが駆けていく。
走らせて悪いな、なんて思いもないわけじゃないけれど、ここは彼の優しさに甘えよう。
「あれ、先輩?」
「…あ」
「やっぱ先輩だ!」
それにしても女の子多いな、なんて考えてたら、聞き覚えのある声がした。
少し遠くからの声に顔を向ければ、フェンス越しにラケットを持ったままぶんぶんと手(むしろ腕)を振る切原くん。
振り返してあげたいのは山々だけど、わたしボール持ってるんだよね。
「赤也、どうしたの?」
「あっ部長、先輩来てますよ!」
「先輩?」
やばい、幸村くん来た。ていうかあの人部長だったの?
ぼうっとそんなことを考えていたら、彼がコートを出て近付いてくる。
「来てくれたんだね」
「ジャッカルくんのお手伝いしてただけだからすぐ帰るよ」
「そんなこと言わずにさ」
ね、じゃないよ。
フェンス越しとはいえ、切原くんがこっち向いただけでもうるさかった女の子たちが、幸村くんが出てきたことでさらにうるさくなる。
ああ耳が痛い。
「どうした精市」
「あ、蓮二」
「…蓮二?」
一段とうるさくなった女の子集団に眉をひそめた柳くんがコートから出てきた。
え、柳くんって蓮二っていうの?
「初めて名前知った」
「…今まで知らなかったのか」
「うん」
だってブン太もまーくんも柳って呼ぶし、真田くんみたいな古風な名前ってイメージだったからなあ。
しかし、そうか。柳蓮二か。
「素敵な名前だね」
「そうか?」
「うん、すごく綺麗な名前だと思う」
そう言うと「ありがとう」と笑った柳くんが、わたしの頭に手を伸ばす。
周りから叫び声が聞こえるのは、アレか。柳くんの笑顔に対してなのか。
「せっかくだから観ていったらどうだ?」
「いいよ帰る」
「俺に会いに来たんじゃないの?」
「さっき言ったこと聞いてた?」
幸村くんって耳遠いんだね、なんて言ったらほっぺつねられた。ブン太か。
くそ、両手が使えたなら反撃だって出来るのに。ジャッカルくんを手伝っただけでなんでこんなことされるんだ。
「悪い谷岡、待たせ…」
「たしゅけて」
「…幸村も柳も何してんだ?」
「谷岡さんがわがまま言うから」
「わがまま?」
頭の上にはてなマークを乗せたジャッカルくんが持ってきたカゴに、テニスボールをゴロゴロと落とす。
自由になった両手で幸村くんの手を強引にはがせば、はがされちゃった、とお茶目に笑った。何も面白くない。痛い。
「谷岡が部活を見て行くことを拒むんだ」
「家帰りたいんだもん」
「…部活終わったらみんなでラーメンでも食べに行こうと思ってたのになー…」
「…ラーメン?」
残念だね、なんて白々しく柳くんに同意を求めた幸村くんは、私をちらりと見てまた笑う。
…た、食べ物に釣られたりなんか、
「せっかくだし見てったらどうだ?手伝ってくれた礼にラーメンは奢るぜ」
「そんな大したことしてないよ」
「いいってそれくらい」
ああジャッカルくん、どうしてあなたはそんなに優しいの。
ラーメンという単語に少し揺らいでいた心が、ジャッカルくんの言葉に固まる。
「…わかった、見てくよ」
「よかったな精市」
「その代わりラーメン屋さんでは柳くんと幸村くんが奢って」
「えー」
言っておくけど、私が部活を見ることを決めたのは、ジャッカルくんが奢ると言ったからじゃない。
彼の誘いを断るのは気が引けるから。あとブン太にスイパラ奢るのを回避できるから。それだけです。
「まあいっか、それくらいなら」
「いっぱい食べてやる」
「…ほどほどにしてくれよ」
ため息を吐いた柳くんだけど、奢ることを拒みはしない。
変な人たち、なんて思いながら、私はフェンスの向こうに足を踏み入れた。