「あ、幸村くんだ」

「あ、谷岡さんだ」


珍しくうちの教室に来た幸村が、ふふ、と笑う。
2限が終わったばかり、20分休憩のお時間じゃ。


「ブン太いないんだ、珍しいね」

「芽衣子のジュース買いに行ったぜよ」

「え、何で谷岡さんの?」

「私がじゃんけんで買ったから」


およそ1時間前のブンとのやりとりを説明する芽衣子。
それを聞く幸村の様子は何だか楽しそうに見えた。


「なるほどね。谷岡さん、これからもブン太のことこき使ってやってね」

「何で?」

「ブン太が本格的に太ったら困るから」

「わかった、任せて」


…昨日も一昨日も思ったことじゃけど、芽衣子と幸村は初日と比べてずいぶんと仲良くなったらしい。
厳密には、芽衣子の態度は特に変わっとらん。幸村が、芽衣子のことを気に入っとるように見える。


「疲れたあああっ!」

「おかえりー」

「おかえり、ブン太」

「あ、幸村」


走ってきたのか、疲れた疲れたと言いながら芽衣子にミルクティーを渡す。
いそいそとパックにストローをさした芽衣子は、珍しく女の子らしかった。


「で、幸村はどうしたんじゃ」

「あ、そうそう。谷岡さんに部活見に来ないかってお誘いしに来たんだ」

「あーっ!!」

「わっびっくりした、ミルクティーこぼしたらどうすんの」


幸村の言葉を聞いて、突然大きい声をあげたブン。
俺も態度には出さんかったけど、正直結構びっくりした。


「そうだ!俺お前が転校してきた日に部活見に来いって言ったじゃん!」

「思い出したか…」

「覚えてたなら自分から言えよ!」


俺も1回か2回誘いはしたが、こいつの頑固さや面倒くさがりなところを知っとるっちゅーのと、「夕飯すぐ食べられなくてもいいなら行ってもいいけど」という言葉に閉口した。

しかし、どうやら俺の知らんとこでも誘われとったらしい。
あちゃー、なんて言う芽衣子を見るブンの目は少しばかり恨めしそうに見えた。


「で、来るよね?」

「遠慮します」

「は?何でだよ!」

「だって家帰ってごろごろしたいし」


普段家に帰ってからの芽衣子が何しとるのかは知らんけど、多分言葉の通り寝てるんじゃろうな。それかTV見てるか。
パックのストローをくわえたまま机にだらっと突っ伏した芽衣子から目を逸らすと、不機嫌さをあらわにした幸村が目に入る。
おーこわ。


「おいでよ」

「やだ」

「来い」

「…やだ」


幸村の圧力を感じたのか、芽衣子が一瞬息を飲む。
ちなみにさっきから俺がしゃべっとらんのは、実況や解説に専念しとるからじゃ。


「この前はもっともらしい理由言われたから納得したけどよー」

「何?もっともらしい理由って」


相変わらず不満げな表情を浮かべた幸村がブンに尋ねる。
ていうか仁王おとなしいね、という言葉には適当に返事しといた。


「で、理由って?」

「荷解きするからって言われたんだよ」

「ふふん、荷解きなんて始業式前に終わってたよ」


にやりと笑った芽衣子の言葉に、ブンは眉間に皺を寄せ、幸村は笑顔を浮かべる。
こ、これはいかん、幸村がアレじゃ。


「谷岡さん」

「何?」

「荷解き終わってるなら、もう断る理由ないよね?」

「…えー」


幸村の言葉に若干顔を引きつらせた芽衣子は、ぷいっと目を逸らして俺を見た。
助けろとでも言いたげな目じゃけど、生憎俺はどっちの味方もせん。すまんな芽衣子。


「…終わったけどやだ」

「楽しいと思うよ」

「私とみんなの楽しいは違うから」


テニスのルールだって知らないし。別に知ろうとも思ってないし。
そう言った芽衣子はミルクティーを飲み終えたらしく、ズズッという音がした。飲み終わんの早過ぎ。


「よいしょっと」


声を上げて立ち上がった芽衣子は、多分パックを捨てに行こうとしたんじゃろう。
けどブンと幸村は逃げようとしたと思ったのか、腰を上げた芽衣子をつかむ。
…幸村は腕じゃけまだええけど、ブン、そこは流石にだめやと思う。


「ぶっ…ブン太、っ!くび…ッ」

「あ、ごめん」


首根っこつかまれたせいで首が絞まったらしい芽衣子は、苦しそうにげほげほと咳き込む。
あーあ、可哀相にのう。


「…今ので決めた」

「何?」

「絶対、見に行かない」


フン、と付け加えてゴミ箱にパックを投げ入れた芽衣子は、痛そうに首をさする。
赤くなったりは…しとらんけど、ご機嫌ナナメになった女王様は腕を枕にして寝る体勢に入った。


「…ブン太のせいだからな」

「えええええ」


練習メニュー、覚悟しときなよ。
幸村がそう言った瞬間、その場の気温が数度下がった気がした。




変化その2:ミルクティーが好きになった

無変化その2:面倒くさがり、小さな嘘を吐く



  


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