まーくんたちから来たわけのわからないLINEにより、私たちの間に流れる空気は、いくらか穏やかなものになったような気がする。
……今なら、この雰囲気なら、そこまで深刻な空気を出さずに話せるかもしれない。
そう思った私は、ごくりと息をのんで口を開いた。


「 あの、さ」

「…なんすか?」

「私が今日ここに来た、目的なんだけどさ」


そう放った瞬間、つい数秒前の穏やかさなんて思い出せないくらいに空気が張りつめたような感覚に襲われた。
…もしかしたら勘違いかもしれない。
けれどそんなことを思ってしまうくらいに切原くんの表情は強張っていて、暗くて、なのに鋭さのようなものを醸し出していて、私は少し緊張した。

でも私は、確かめに来たんだ。
切原くんがどうして部活に来れないと言ったのか、なぜ放っておけだなんて言ったのか。
それを確かめずして帰ることなんて、私にはできないし許されないのだ。
だから、


「部活行けないって、どういうことだったの」

「……………」

「具合が悪いわけでも、何かトラブルが起きたわけでもないんでしょ。どうしてあんなこと言ったの?」


意を決して問いかけたはいいものの、思いの外責め立てるような話し方になってしまった。
ああもう、こんな言い方したら切原くんだって話しづらいだろうに、どうして私はこうも穏やかな話し方ができないんだろう。
そう自己嫌悪に陥りながらも、うつむく彼を眺め黙っていると。


「…別に、特に理由なんてないっすよ」

「……は、」

「なんとなく気分的に行きたくなかったから、ああいう風に言っただけっす」


私の目を見もせず、静かな声で切原くんはそう放った。
……私だって馬鹿じゃない。切原くんのその言葉が本心じゃないことくらい、数か月見てきた経験からわかるんだ。

けど、


「…切原くん、先に謝っとく」

「…は?」

「もしかしたら私、きついこと言うかもしれない」


ごめんね。
本当は言いたくなんてないけど、それでも私は切原くんの先輩なんだから。
そう自分に言い聞かせて、重苦しい空気の中私は口を開く。


「放っといてほしくないから、あんな言い方したんでしょ」

「……………」

「GWの合宿でまーくんと喧嘩っぽくなった時、切原くんもその場にいるからわかってるだろうけどさ」


本当に構わないでほしいなら、熱があるとかって言い方をするのが一番効果的だってことはわかってるだろう。
それがわからないほど、切原くんが馬鹿だとは思えない。


「思ってることはちゃんと言わなきゃ伝わらないんだよ。伝わるとしても、口にするよりはるかに時間がかかるってことはわかってるでしょ?」


そう言ってみたものの、すぐ後悔の念に襲われた。
先月の球技大会の終盤、まーくんの手を振り払い逃げてしまった時のことを思い出しての自己嫌悪。
今朝、切原くんがなぜ部活を休んだか理解したかのように微笑むみんなの中、ただ一人置いてけぼりだった私。
けれどその両方をなかったことにするかのように、“一般的にはそうなんだから”と自分の発言を自分の中で正当化した。

そうして相変わらず黙り込む切原くんを眺めながら、二の句を継ごうと口を開きかけた瞬間だった。



「…知らないくせに」

「………え?」

「俺のことも、俺たちの過去も知らないくせに、わかったような口きくなよ」



今まで言われたことのない言葉に、一瞬息が詰まったような感覚に襲われた。
心臓がどくどくと脈打って、手に嫌な汗がにじんで、見たことのない切原くんの姿に驚きと不安を覚えた。

悲しそうでいて、悔しげな切原くんの目。初めて面と向かってかけられた拒絶の言葉。
それらに傷つかなかったと言えば嘘になる。

けど、それでも。



「……過去を知らないから、何なの」



静まり返った空間に、私の声だけが響いた。
俯いているせいで切原くんがどんな表情をしているかわからない。もしかしたら鬱陶しそうな顔をしているのかもしれないし、驚いているのかもしれない。

それでも、奥底からふつふつと湧いてくる悲しみや悔しさが、私を突き動かした。


「知らないよそんなの、みんなの過去なんて全然知らない。けどそれが何なの、過去を知らない私は何も言っちゃいけないの?私がいくら切原くんを大切に思ってても、過去を知らなければ何も言う権利はないの?」


感情のままに口から出た言葉は、さっきよりも少しだけ大きさを伴って響いた。

こんな風にまくしたてるように言って、面倒くさいと思われているかもしれない。
けれど私の脳内にはいろんな感情が駆け巡って、それは切原くんのことが、後輩として、仲間として大切で大好きだからで。


「…過去を知らなくたって、今を知ってるんだから。心配するに決まってるじゃん…」


ついさっきまで感情的にわめいていたくせに、直後放たれたその声はあまりにも弱弱しかった。
まるで今にも泣き出しそうで、自分自身情けなく思ってしまうほどには弱弱しかった。

ああ恥ずかしい、女とはいえ後輩の前で情けない。
そう思いつつ恐る恐る顔を上げた私は、


「 す、すんません!」

「……え、?」

「先輩泣かないで、俺が悪かったからッ」


わたわたと慌てる彼の姿に、驚いて目を丸くした。
行き場のない手を胸の前でわちゃわちゃと動かし、眉尻を下げながら焦る切原くん。
その様子はどこから見てもいつも通りの切原くんで、私の知る切原くんで。


「……ふふ、」

「…え」

「ばか、泣いてないよ」


私はほっとして、何だか泣きそうになってしまった。



  


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