「…あれ、芽衣子は?」


照り付ける日差しに眉をひそめ、流れ出る汗をぬぐった時。
いつもならドリンクを渡すべく駆け回っているはずの芽衣子の姿が見えないことに気付いて言えば、そういえば、とジャッカルも口を開いた。


「さっきから見てないな」

「な。あいつどこいんだろ」


感じられない芽衣子の気配に、不思議に思いながら辺りを見回す。
ちょうどその時聞こえてきた幸村の「休憩して」という声に、俺は視界の隅に見えた仁王のもとへと歩いた。


「なあ仁王」

「ん?」

「芽衣子どこいんの?」


は?
そう言いたげに目を丸くした仁王は、数秒前の俺と同様、辺りをきょろきょろと見回した。
そして、


「え、何で芽衣子おらんの」

「いや、知らねーよ」


わかんなかったから聞いてんだろ、と呆れながら笑う。
すると仁王は眉間に皺を寄せ、柳と話す幸村の方へと歩を進めた。


「のう幸村」

「何?どうしたの?」

「芽衣子がおらん」


まるで機嫌を損ねた子供のように、不満げな顔をした仁王がつぶやいた。
けれど幸村はそんな仁王を気にする様子もなく。


「芽衣子なら赤也の家に行ったよ」

「は?赤也ん家?」

「うん」

「いつじゃ」

「んー…1時間ちょっとくらい前じゃないかな」


着いたって連絡も来てないからまだ向かってる途中かもしれないけど。あ、でもそもそも俺着いたら連絡しろとも言ってないや。
そんな言葉が幸村の口から放たれるにつれて、仁王の顔から血の気が引いていく。


「ちょッ、なんで1人で行かすんじゃ」

「え、だって俺たちは練習があるし」

「芽衣子が迷ったらどうするん」

「大丈夫だよ、ちゃんと地図書いて渡したもん」

「……………」


だとしても、とでも言いたげな表情で仁王が眉をひそめる。
……そういや前に、芽衣子って方向音痴だとか昔よく迷子になってただとか、仁王がそんなようなこと言ってたような気ぃすんな…


「…ちゅーか、そもそもなんで赤也ん家行かせたん」

「別に俺は何も言ってないよ、芽衣子が自分で行くって」

「精市、嘘はよくないぞ」

「は、」

「もーなんでバラかな蓮二は」


けらけらと笑いながら言う幸村に対し、仁王がどんどん不機嫌になっていくのが目に見えた。
あーあ…あいつのいない状況で不機嫌になられると面倒くせーのに。


「まあそれは冗談として。実際全国の決勝を控えてるのに、赤也がいないってのは困るだろ?」

「けどわざわざ部活中にマネージャーを行かせる必要あったんか?風邪引いたとでも思って、部活終わってから行けば済む話じゃろ」


それじゃあまるで、芽衣子が仲間でも、必要でもないみたいじゃ。
小さな声で言った仁王の横顔はどことなく悲しそうで、悔しそうで。
やっぱりあいつは仁王にとってとてつもなく特別で、あまりにも大切な存在なのだと漠然と思った。


「…そっか、確かにそうだね」

「…………」

「そういうつもりで芽衣子を行かせたわけじゃなかったんだ。芽衣子がマネージャーになる前までは自分たちでみんなやってたわけだし、事実赤也には早く戻ってきてもらわないと支障が出るからね。けど、俺も考えが足りなかった」


ごめんね。
真剣な声色で言った幸村に、仁王は黙ったまま目を伏せた。


「言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、俺は芽衣子のことも考えた上で行かせたんだ」

「…何じゃそれ」

「いくら親しくなったとはいえ、芽衣子はまだ転校してきてから4ヶ月だろ。おおよその個々の性格は知っていても、深いところに関してはまだまだ知らない部分も多いと思うんだよ」

「…それはそうかもしれんけど、」

「赤也が芽衣子に懐いてるのは俺もよくわかってるよ。けどそれだけじゃなく、もっと深い部分での信頼関係を築いてほしいとも思ってるんだ」


赤也の成長を手助けすることで、芽衣子にも成長してもらいたい。ただ仲良く騒いで楽しいことを共有するだけじゃなく、悩みを抱え苦しんでる時寄り添い合える関係になってほしい。
そしてその末に、今以上の絆を得てほしい。

幸村は、そう考えているように思えた。


「…あーもう、わかったけええ。俺もすまんかったな」

「いいよ。俺もみんなにちゃんと言っておくべきだったし」


少し前まで流れていた重苦しい空気が、徐々に消えていくのを感じる。
…正直俺ってこういう雰囲気得意じゃねーからずっと黙っちまってたけど、まあいつも通りになったことだし。


「つか赤也に連絡なしで行かせたなら、家族と会った時すげー気まずくならね?先輩とはいえ突然女が来るわけじゃん」

「問題ない、今日は夕方まで赤也以外の家族は不在だ」

「…………え、そうなん」


え、それって問題ないの?いや家族相手とはいえ人見知りするだろう芽衣子の性格考えたらむしろ良かったと言えるかもしんねーけど男女的な意味では問題しかないんじゃね?

…そんな俺と同じことを思っていたんだろう、仁王の顔色が急速に青ざめていった。


「ちょ、それ問題しかないじゃろ!」

「え、なんで?」

「あいつも男じゃ、血迷って芽衣子に手出しかねんじゃろ!」

「またまた、そんなことあるわけないじゃん」

「…そうだぞ仁王、赤也がそんなことすると思っているのか?」

「男と女っちゅーのは状況によって何があってもおかしくないんじゃッ」

「それ自分の経験?」

「……………」

「……あいつもそこまで分別つかねー奴じゃないだろうけど、海行った時『先輩の胸マジででかかったっすね!』とか言ってたしな…」

「……………」

「………………」

「……え、そんなこと言ってたん」

「更衣室出た後砂浜向かってる時な」

「…………………………」


え、何この沈黙。
黙り込んだ3人に一瞬そんなことを思ったけど、


「幸村部室の鍵貸しんしゃい!芽衣子が汚される!」

「待って俺も行くから!」

「何呆けているんだ丸井、行くぞ」

「はあ?」


早く連絡せんと、と言って走り出した仁王、それに続く幸村と柳。
…おいおい、お前らもうちょっと自分の後輩信用してやれよ。なんて、最後の爆弾を投下した俺が言えたことじゃないかもしんねーけど。


「…ったく、しょうがねぇなあ」


いつものあいつからは考えられないくらいの速さで走る仁王を眺め、苦笑混じりのため息を吐く。
そうして足を踏み出した俺は、あいつらのあとを追いかけた。



  


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