「…すいません、散らかってますけど」


とりあえず俺飲み物持ってくるんで。
そう言って切原くんが部屋を出て行き、小さく息を吐いた私は部屋を見渡した。

………散らかってますけど、とか言う時って、たいていが片付いててる状態で『どこが散らかってるんだよ』なんてのがよくある流れだけど――…ほんと、散らかってるなあ。
脱ぎっぱなしの服や、放り投げられたゲームのコントローラー。そのすべてに、呆れつつも切原くんらしいな、なんて思わず笑ってしまいそうになるのだけど。


「………、」


視界の隅のラケットバッグに、私は少しだけ悲しくなる。
それはとても大切なもののように恭しく立てかけられておきながら、ドアから一番遠い部屋の隅に存在していた。

その姿に何だか、切原くんの葛藤を見たような気がして。


「すいません、こんなんしかなくて」

「ッあ、おかえり」


突然来たのはこっちだし、お構いなく。
そんなことを言いながら切原くんの手元を見れば、2つのグラスに適当なお菓子。


「いただきます」

「…ッス」


理由はわからないけれど、私は緊張しているのだろうか。
やけに乾いていた喉を潤すようにゴクリと飲み込んだお茶は、体にひんやりと染み渡った。


「…そういえば、家の人は?」

「親は仕事とかで出てて、ねーちゃんは課題やるとかで大学っす」

「あ、お姉ちゃんいるんだ」


初めて知ったな、と驚きつつもハッと気付く。
私は自分が思っていた以上に、切原くんのことを――…いや、部員であり友達であり、仲間であるみんなのことを、私は全然知らないのだ。

そのせいなのかもしれない。
今朝みんなは何かを理解したように笑っていたのに、私だけその意味がわからなかったのは。


「………………」

「………………」


そんな考えのせいか、はたまた落ち着いた状況のせいか。
私たちの間に流れる静寂に少し気まずくなるけれど、何を話していいかわからなくて。


「…えーと。具合が悪いわけでは、ないんだよね?」

「…別にどこも悪くないっす」

「そう、それならよかった」


とりあえずあたり障りのないことを聞いてみたけれど、本人も言ってた通り、やっぱり具合は悪くなかったのか。
そこが一番心配だったからその点についてはとりあえず安心できた、うん。

しかし、これから何を話そうか。
そう考えた瞬間、


  ヴーヴー


「…わッ、びっくりした」


いきなり震えた携帯に驚きながらも、ポケットから出したそれをちらりと覗く。
……ん?まーくん?いきなりどうしたんだろう。そう思いながら文章を読んでみれば、



【マジでやばいと思ったら金蹴りしんしゃい】



「……………んん??」


何だこれ、意味わかんない。
突然連絡が来たかと思えば意味不明なこと言ってきて、一体どういうことなんだろう。
まあよくわかんないけどいいか、今は切原くんと向き合わないといけない時だし、既読がつけば読んだことは伝わるわけだから。

そう思ってしまおうとした携帯は再び震え、私は思わず眉をひそめる。
えーと……幸村?



【裁判になったら全力で芽衣子をかばうから安心して】



「………は?」


え、どいつもこいつも何言ってんの。幸村に関しては裁判とかだいぶ物騒なこと言ってるけど。
あまりの意味のわからなさに首を傾げながら今度こそ携帯をしまおうとした時、切原くんが声を上げる。


「…どうかしたんすか?」

「ああいや、ごめん。何でもない」


本当にどうしちゃったんだろう、2人とも。
そんな思いもあるけれど、伝えたところで切原くんだって困惑するのだろうし。
そう思いながら苦笑すれば、今度は切原くんの携帯がガチャガチャしい音を立てた。

そして、それから数秒と経たぬうち。


「…はあ?」


どうやら切原くんのもとにも、よくわからない内容の連絡が来たらしい。
意味わかんねーよ、とか思ってるんだろうな。表情からすごい伝わってくる。


「…芽衣子先輩にも、先輩たちから連絡来たんすか?」

「…え、ああ。うん」


来たよと言えば、切原くんは眉間に皺を寄せ、黙ったまま携帯をこちらに向けた。
画面に注がれる私の視線。そこには“柳さん”という文字が表示されていて、私は更にその少し下へと視線をずらしていく。


「………“血迷うなよ”?」

「意味わかんないっすよね」

「うん。内容は違うけど、私に来たのも意味わかんない内容だった」


私が苦笑しながら言えば、見計らったかのようなタイミングで新たなLINEが届いた。
今度は…


「ブン太から来たよ」

「なんて書いてあります?」

「えーっと…“変なLINE来たと思うけど気にすんなよ”…だって」


……この数分でLINEを送ってきた4人の中で、一番馬鹿だと思っていたブン太の言葉がまさか一番わかりやすいとは。
失礼なことを考えてるというのは重々承知しているけれど、本人に言ってるわけじゃないしまあ許されるだろう。


「…うん。とりあえずブン太は気にするなって言ってるし、気にするのやめよ」

「そっすね」


相変わらず苦笑を浮かべたまま言えば、切原くんは不思議そうな顔をして携帯を床に置く。
それと同時に私が携帯の電源を切ったことでまーくんが大騒ぎするだなんて、この時の私は知る由もない。



  


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