「何でこうなるんだよ…」


幸村に渡された紙を手にきょろきょろと辺りを見回した私は、眉間に皺を寄せつぶやいた。

あの後私は幸村に、ちょっとおつかい行ってきて、と頼まれた。
そうして渡された一枚の紙に従い、部活をしに来たというのになぜか私はジャージから制服に着替え、バスに揺られたりしながら、何とか目的地周辺に着いたわけだけど。


「この辺…かな…」


幸村ってあれだ、案外地図書くの下手。
…いや別にうまいイメージもなかったけど、おかげでかなり時間がかかってしまった。
何丁目だとか何番地だとかって情報があればもう少し違っただろうに……なんて思いながらも地図に従い、やっとたどり着いたのはとある一軒家。

そしてそこの表札を見てみれば、



「きりは ら、」



よく知る苗字が、私の目に飛び込んできた。
…えっと。これはきっと私の知る、あの切原くんのお宅なのだろうと思うけど…まったく、幸村の奴。


「…ストレートに言えばいいのに」


あいつのことだ、切原くんの様子を見てきてほしかったのだろう。
まあそれにしては表情というか態度にずいぶん余裕があったように思えるけれど…やっぱり切原くんはかわいい後輩だから心配だったんだろうな。
とはいえ幸村は部長だし、他のメンバーだって全国大会決勝を控えている選手たちだ。

…たかがサポートしかしていない私と、部長とはいえ選手である幸村。どちらが部に必要かなんて、考えるまでもない。
そう苦笑交じりのため息を吐きながら、私はゆっくりとインターホンに手を伸ばした。

そしてそれから、数十秒が経過して。


『……はい、どちらさんすか?』


聞き慣れたはずなのに、ひどく胸が苦しくなるような切原くんの声が聞こえてきた。
…これはやっぱり、具合が悪いんじゃないのか。
そう思えるほど覇気のない声だったけれど、このまま何の成果も得られずに学校に帰るわけにもいかないだろう。本当に具合が悪いなら、それはそれで今後のこともあるし様子を確かめないと。
なので、


「…あ、えっと。私。芽衣子だけど」

『……ッえ、先輩?』

「うん、ごめんねいきなり」


さっきの様子とは一転、小さなスピーカーから聞こえてきた彼の声は、戸惑っているとしか言いようがなかった。
そりゃそうだよね、私だって数十秒前までは同じ気持ちだったもん。


「幸村に行けって言われて来たの」

『あー………』


本当ごめんね、突然の訪問で。
そう思いながら放った言葉だったけど、切原くんの相槌が“その光景目に浮かびます”とでも言いたげで、何だか少しおかしくなってしまった。
そしてそのまま、彼の言葉を待っていれば。


『…とりあえず、上がってください』

「え、」

『今鍵開けますんで』


その言葉を最後にプツリと途絶えた私たちの会話。
……いや、確かに様子を見てこいとは言われたけど、それでいいのか切原くん。本当に具合悪いのか知らないからアレだけど、もし私の想像通り気持ち的なもので部活を休んだのだとしたら私に会いたくはないのでは「…あの、先輩?」


「…えッ」

「…何してんすか?」


ぐるぐる考えている間に玄関まで来ていたのだろうか。
ハッと気付いた時には開かれていたそのドアの向こうから、不思議そうな顔をした切原くんが顔だけを覗かせていた。


「ッあ、ごめんなんでもない」

「…とりあえず、どうぞ」

「…ああ、うん。お邪魔します」


お邪魔します、なんて言っちゃったけどいいのかお邪魔しちゃって。いや立ち話ってのも確かにアレだけどもし本当に切原くんが体調不良ならむしろ悪化させることになってしま「……先輩?」


「うぐッ」


鼻へ訪れた突然の衝撃に顔を上げれば、どうやらこちらに振り返っていた切原くんの体にぶつかってしまったらしい。
もう、何でいきなり立ち止まるの。
そう思いながら切原くんの体の向こうを見てみれば、そこには2階へと続く階段。


「…何かボーっとしてますけど、大丈夫っすか?」

「…あ、うん。大丈夫」

「じゃあ俺の部屋、2階なんで」


階段結構急だから、こけないでくださいね。
言いながら階段に足をかけた彼の姿に、ああボーっとしていた私を気遣ってくれたのか、と、気付いたけれど。


「…切原くん、」

「……なんすか?」


声が、こちらを振り向かず階段を上る背中が、少ない口数が。
いつもと比べて少なかった表情の変化が、自然と思い出される、今朝放たれた拒絶まがいの言葉が。

私の姿を見て、笑ってくれない切原くんが。


「……ううん、なんでもない」


私の知らない人のように思えて、何だかすごく寂しくなった。



  


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