あれは一体、何だったのだろうか。
「赤也に電話つながった?」
半ば放心状態のまま部室を出て、とぼとぼ歩いていた私にそう声をかけてきたのは幸村だった。
……幸村は何も知らないからこんな風に笑顔で話しかけてきたのだろうけど…これを伝えたら、どうなってしまうのだろうか。
全国大会決勝を目前に控えたこのタイミングを思うと、正直に言っていいものかと迷ってしまう。
「芽衣子?」
「……あ、ごめん。うん、一応つながりは、した」
「やっぱり寝坊だった?」
「いや、…」
「え、違うの?」
あれは寝坊ではない。と、思う。
けれど具合が悪いというわけでもないのだろうしし……もう、どう言ったらいいのだろうか。
「どうしたの?何かあった?」
「…いや、あったっちゃあったような気がしないでもないけど…」
「何じゃ、赤也起きたんか?」
「っていうか、寝坊とかじゃないと思う。…たぶんだけど」
私が戻ってきたのに気付いたまーくんを筆頭に、数名の部員が私のもとに集まってきた。
…どうしよう。レギュラー以外の人まで集まってきちゃったし、何だか少し話しづらくなってしまった。
「じゃあ具合でも悪いの?」
「いや…」
「寝坊でも具合悪いわけでもないってどういうこと?何かハプニングがあったの?」
「……………」
どうして私が責め立てられているような気分にならなきゃいけないんだ。
そう思いつつも、それは自分の煮え切らない態度に理由があるのだということはわかっていた。
けれどあれはきっと、ハプニングだとか突然のアクシデントとかいう部類でもないだろう。
となるといつまでも口ごもっているのも無理だろうし…やっぱり話さないわけにはいかないか。
小さくため息を吐いた私は、切原くんも悪いんだからね、と心の中で呟いて口を開いた。
「もしかしたら、気持ちの問題かもしれない」
「気持ち?」
「切原くん、行けないって言ってた」
私の言葉を聞いた人は皆一様に眉を顰め、直後にわかにざわめきだした。
けれど幸村はいつもより少し真剣そうな顔で、静かな声で、何があったのと私に問いかける。
「…結構早い段階で、おかしいとは思ってたんだ。部活始まってるよって言っても全然焦らないし、幸村も真田くんも怒ってるよ、ってちょっと脅かすように言ってみても『はい』って言うだけでさ」
「いつものあいつならすげー焦りそうなのにな」
「うん、だから私もおかしいと思って具合悪いのか聞いたけど、そうじゃないって言ってて」
思い出すだけで胸が痛くなるようなあの声が、まだ頭の中にこびりついている。
聞いたこともないような切原くんの、
「『放っといてください』って」
何が切原くんにあの声を出させたのか、何が切原くんをあそこまで苦しめたのか私にはわからない。
それでも私は少しだけつらくて、寂しくて、不安で。
そして何より、彼のことが心配でたまらなかった。
「…反抗期、なのかな」
結構懐いてくれてると思ってただけにちょっとショックだった。
そんなことを思いながらため息を吐けば、何を思ったのだろう、幸村や柳くん、そしてブン太やまーくんたちレギュラーの面々が、私と同じようにため息を吐いた。
「仕方ないな、あいつは」
「本当にね。まあわかりやすいからまだいいんだけどさ」
「芽衣子にほっとけっちゅーなんてあいつもええ覚悟しとるなり」
「そこじゃなくね?」
「そこじゃ」
「しかし、これは早急に対処しなくてはなりませんね」
「マジで放っといたらあいつ拗ねるだろうしな」
「あー、絶対拗ねるな」
「まったく、3年経って少しは変わったかと思えば…」
「いいじゃないか弦一郎。俺たちに感情をぶつけるのではなく、あいつも自分なりに処理しようとしているのだろう」
嫌だ嫌だと泣き喚いていた3年前とは違う。
柳くんはそう言って笑ったけれど――…私以外は、呆れながらも嬉しそうに笑っているけれど。
「芽衣子」
一体どういうことなのだろう。
そう困惑していた私に、幸村が微笑んで。
「頼みがあるんだけど、いいかな」
そう言った彼の笑顔は、とても幸せそうだった。