「そんじゃ、芽衣子はこっちの部屋な」
玄関からすぐ右の扉を指差したまーくんは、がしがしと髪を拭きながらそう言った。
「リビングの横がまーくんの部屋?」
「ん、あっちがまーくんの部屋なり」
「了解なり」
高校生が実家を出ているという時点でなかなか珍しいのに、高校生2人で住んでるとか、そのくせ2LDKとか、色々突っ込みどころ多いなあ。
そんなことを考えながら自分の城となった部屋の扉を開けば、いくつもの段ボールが目に入る。
「荷解き大変だ」
「頑張りんしゃい」
「手伝ってはくれないんだね」
「下着なら手伝ってもええけど?」
「やっぱなにひとつ手伝わないで」
ひどーい、と言いながらまーくんが笑う。
いやいや、それはこっちの台詞だよ。悪戯大好きだったけど格好良くて優しかった昔のあんたはどこに行った。
「…明日も部活?」
「…あー、そうじゃ。忘れとった」
「え、忘れちゃ駄目じゃん」
「芽衣子にこの辺案内しないといかんなーって、そればっか考えとった」
だる、と言いたげに顔を歪めて、まーくんがわたしの髪をぐしゃぐしゃにする。
いきなり何だ。
「ま、案内はまた今度な」
「1人でも探検出来るよ」
「芽衣子すぐ迷子になるじゃろ」
「………」
「そんでピーピー泣く」
「泣かない!」
いや、昔は泣いてたけど、そんなのもう10年以上前の話じゃんっ。
楽しげに笑うまーくんを睨みながら、昔2人で地元の森で遊んでた時にはぐれたことを思い出した。
「…そもそもまーくんのせいで迷った」
「熊のことか?」
「うん」
「信じると思わんかったけ」
「まーくんは無駄に演技がうまいんだ」
今でもはっきり覚えてる。
夏休みのある日まーくんと森で遊んでた時、「ここ熊出るって」とこいつが言って、ちょうどそのタイミングで近くの茂みからガサガサという物音がしたんだ。
今まで熊が出るなんて聞いたことなかったけど、その瞬間わたしの恐怖は頂点に達して……あー、何か思い出したらむかついてきた。
「そうムスッとしなさんな。あん時のことは悪いと思っとるぜよ」
「…………」
「だからおぶって帰ったじゃろ?」
まーくんの言う通り、走り出していつの間にか1人になっていたわたしを、転んで怪我して泣いてたわたしを見つけてくれたのはまーくん。
…おんぶしてくれただなんて、今思うと色々複雑な思いしかないのだけど。
「また迷子になられたら困るけ、うろつくのはまた今度な。俺と一緒ん時」
「…わかった」
「芽衣子ちゃんはおりこうじゃなー」
「うるさいっ」
あの時のまーくんはまだ背も大きくなくて、おんぶするのもきっと大変だっただろう。
けど今目の前にいるまーくんは、確かにあの男の子なのにまるで別人みたいで、何だか少し寂しくなった。