あつ、い。
「ほら芽衣子、パピコ」
「……ん?」
「うつろな目でクーラーの風浴びとるから」
暑いんじゃろ。
しゃがみこんで言ったまーくんは、寝転ぶ私のおでこにアイスの袋をぴたりと乗せる。
午後1時半頃、自宅。
シャワーを浴び終えた私は、普段することのない髪の処理に手間取ったのもあって、浴室の熱気と熱いお湯にあたってしまったらしい。
「髪乾かさんと風邪引くぜよ」
「…めんどくさい」
「仕方ないのう」
眉尻を下げて笑ったまーくんが、アイスを私の顔の横に置いてどこかに歩いていった。
今思うと、まーくんが先にシャワーを浴びている間に髪をある程度ほぐしておけばよかったような気がしないでもないけど…まあその時間はブン太たちへの連絡タイムにあてようと思ってたわけだから仕方がない。
帰ってきてすぐ、私はまーくんに、汗をたくさんかいただろうからとシャワーをすすめた。
そしてその間に、連絡をくれていたみんなにLINEの返事を返したり、柳くんに無事解決した旨を伝えたりしていたのだけど……教室に一緒に赴いたブン太ではなく、柳くんを頼ってしまったことでブン太に誤解を与えていたら嫌だな、なんて思いからかけた電話が予想外に長引いてしまった。
…まあ結果的に、ブン太は多少なりとも拗ねていた部分はあったから、やっぱりこれで正解だったのだろうけど。
「芽衣子」
何だか今日は、色々と忙しい一日だったな。
そんなことを考えながらぼうっとしていると、背後からまーくんの声がして振り返る。
「……何で、ドライヤー持ってんの?」
「乾かしてやるけ、こっち来んしゃい」
ドライヤー持ってきたと思ったらそういうことだったのか。
でもこれはラッキーだな、なんて思いつつまーくんを見れば、部屋の隅でドライヤーのコンセントを差し込んでいた。
「私アイス食べてていいの?」
「ええよ。ドライヤーやっとったら余計暑いじゃろうし」
「じゃあお願いします」
「ん」
ずるずるとだらしなく移動し、まーくんに背中を向けてアイスの袋をビリッと開ける。
それと同時に襲ってきた温風が熱いけれど、アイスを食べている間に髪の毛が渇くと思えばありがたさしかない。
……しかし、まーくんってむしろこういうのされたがる方じゃなかったかな。
そんなことを思いながらパピコを口にくわえれば、いつもより少し大きいまーくんの声がする。
「すごい今更なんじゃけど」
「ん?」
「あの髪、ブンにやってもらったんか?」
「うん。暑そうだからってやってくれた」
本当ブン太って手先器用だよな、と数十分前までやっていた髪型を思い出す。
前に雨で部活が中止になった時しかり、そういうところは純粋にすごい。
「あれかわいかった」
「んー、けど普段からできるような髪型ではないよね」
「キャラ的に?」
「…それも、そうだけど」
それ以上に、手間とか制服とのミスマッチさとかのことを考えていたんだけど…まあまーくんの言うことももっともだ。
あんなの、今日みたいな行事の時とかくらいしかやる機会はなさそうだ。結構目立つだろうし。
「俺今度ブンに髪のアレンジ教えてもらうけ、色々やらして」
「そういえば前もそんなこと言ってたね」
「あん時は見とっただけじゃったけど、ちゃんと教えてもらうけ」
どうしてそんなに私の髪がいじりたいんだろう、別に男の子なんだから三つ編みができるくらいで十分でしょ。
そんな私の心の内は、見抜かれていたのだろうか。
「俺も芽衣子のこと、もっとかわいくしたい」
もっと色んな芽衣子が見たい。
ドライヤーのうるさい音と混じっているはずのその声は、あまりにも自然に私の耳へ入ってきた。
「…そ、う」
「うん」
まーくんの言葉のせいか、ドライヤーの熱のせいか、はたまたシャワーの時のほてりが抜けていないのか。
恐らく2つ目か3つ目のせいだろうけど、何だかすごく、体が熱い。心臓が、早い。
「 じゃあ、頑張ってね」
「うん」
ぽたり。
口元から離していたアイスが溶け、私の太ももに垂れた。
体の熱は、まだ解消されそうにない。