「…どうしたんだ」

「………やなぎく、ん」


ああ、情けない。
きっと今にも泣き出しそうな顔をしてるだろう私は、薬品くさい理科室の扉のすぐ横で柳くんを見上げた。


「ひどい顔をしているな」

「…そうかな」

「ああ。ついでに言うと、お前の上の方の耳も元気がないようだ」


まるで連動しているようだな、と柳くんが笑う。
ぐにぐにと触られたお団子に自分でも触れてみると、2つのそれは時間が経ったせいかわずかに崩れていた。
…自分じゃどうにかできそうもないし、後でブン太にやってもらおう。
手をおろしながら考える私の横に座り込んだ柳くんは、それで、と小さな声をあげた。


「どうしたんだ?ただ暇だったという割には、ずいぶんと沈んでいるように見えるが」

「…ちょっと、いろいろあったの」

「ほう」


何があった?
これっぽっちも気を遣うことなく、ど真ん中ストレートを投げ込んだ柳くん。
…彼のこういうところは、好きでもあり嫌いでもある。


「……さっきまーくんに、聞いたの」

「何をだ?」

「…三宅さんと、前に付き合ってたって」


立てた両膝に顔をうずめながら言えば、柳くんが息を呑んだ気がした。

この反応から察するに、きっと柳くんも知ってたんだ。
それもそうだよね、頻繁に連絡を取り合ってたいとことはいえ、そういう方面の話を一切せず離れた場所で生活してた私とは違って、柳くんはまーくんと同じ環境で生活してたわけなんだし。
…その柳くんが知らないわけなかった。

きっとみんなの中で知らないのは、私だけだったんだろう。


「……私たち、今までそういう話したこと、全然なかったの。照れくさかったし、私は私で話せるようなこともなかったし」

「ああ」

「けど、私が話さないからまーくんも話さないだけで、そういうことがあってもおかしくないとは思ってたんだ。…まーくんだって、高校生だし」

「…ああ」

「けど、いざ聞いたら。…どうしてかわからないけど、すごく嫌だった」


こんなの格好悪いのに、嫌なのに、私の思いとは裏腹に出る声は震えていた。
胸が締め付けられるように苦しくて、息がしづらくて。頭の中は、もうぐちゃぐちゃだった。


「どうして仁王は言ったんだろうな」

「…わかんない。けど、誤解されたくないって言ってた」

「誤解?」

「…うん。何のことかわかんないけど、聞く前に三宅さんとのこと話されたから。結局聞けずじまい」


でもすごく必死な感じで、余裕なさそうだった。
膝に顔をうずめたまま言えば、柳くんは困ったように笑って私の頭を撫でた。


「…もしかしたらだけど。私とブン太が教室行った時、何か普通の空気じゃなかったから。それでそのまま体育館戻ってきちゃったから、勘違いしたとか思ったのかもしれない。だから誤解しないで、って」

「ああ、俺もそう思う」

「…柳くんも、思う?」

「思うよ」


じゃあきっとそうなんだろう、なんて安直過ぎると思われるだろう。
けれど私はその言葉を発したのが柳くんだからって、たったそれだけで安心して確信してしまうような、猛烈な柳くん信者なのである。


「…だからか、」

「ん?」

「……私、柳くんのところ行くって言った時、手掴んで引き留められたの。行かないで、って」

「………」

「けどね、なぜか2人が付き合ってたって過去が嫌で。まーくんに彼女がいたってことがすごい嫌で、でもはっきりとした理由もわからなかったから、苦しくなっちゃって。とにかく逃げたくなったの」

「…ああ、」

「それ以上一緒にいたらもっと頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃう気がして、だからまーくんにごめんって言ったの。まーくんの手を振り払ってでも、柳くんのところに逃げてきたかったの」


言葉を紡ぐごとに、いかに自分が臆病で情けなくて卑怯かを思い知らされた気がした。
追いかけてきてまで私と向き合ってくれただろうまーくんの手を、私は振り払った。そして、逃げてきてしまった。
けれど今をもってしてもあの時どうすればよかったかなんてわからなくて、私はただ、罪悪感と自己嫌悪にさいなまれる。

それでも、


「柳くんのところに来れば、楽になれると思ったの。本当は全然大丈夫なんかじゃないのに大丈夫って言わなくてもいいって、嫌だよ寂しいよって、自分の思ってること素直に言えると思った」

「…寂しかったのか?」

「寂しかったよ。過去のこととはいえ、まーくんが遠くに行っちゃったような気がして」


顔を上げてぼうっと床を眺めながら言えば、私の頭を撫でる柳くんの手の力が一層強くなった気がした。


「…ねえ、柳くん」

「ん?」

「ちょっとだけ、抱きついてもいいかな」


そうでもしないと私はきっと泣いてしまうから。
小さな声で呟けば、ただでさえ近かった柳くんとの距離が、ますます縮まった。


「…馬鹿だな、お前は」

「…………」

「その程度のこと、わざわざ確認するまでもないだろう」


俺はお前の父親なんだ。
おどけたように言う彼の言葉に、少しだけ心が落ち着いて、楽になったような気がした。


「それに、泣いてもいいんだ」


そう言って柳くんは、私の肩を抱いて。
私の頭に手を伸ばして、しっかりと包み込んでくれた。


「……私 ね、柳くんのこと大好きだよ」

「……」

「大好きで、信頼もしてる。多分そこらの柳くんのファンの子よりも、柳くんのことを好きな自信もある」


どくどくと、柳くんの心臓の音が聞こえる。
それが心地良くて暖かくて、夏なのに鬱陶しくなんてこれっぽっちもない。

そのどれもこれもが、きっとまーくんと同じで。
私はまーくんが大好きで信頼してて、ファンの誰よりも彼のことを好いているだろう。
ぬくもりは心地よくて、安心できて、本当に大切なんだ。

なのに、どうしてなんだろう。


「寂しいって、嫌だったって、…柳くんには言えるのに、どうしてまーくんには言えないんだろう。柳くんもまーくんも、大好きは同じなのに」


まーくんと柳くんの違いって、一体何だろう。
血縁関係か、一緒に住んでるか否かか、あるいは知り合ってからの時間か。
思いつく限りの可能性を考えてみたけれどどれもしっくりこなくて、やっぱり私は馬鹿なのかな、なんて思ってしまう。


「 あのね、柳くん、」

「…ん?」

「私本当は、大丈夫なんかじゃ ないんだよ、」


じんわりと涙が滲み、目の前がぼやけてくる。
まーくんの前では流せなかった涙が、なぜかこの人の前では流れそうになってしまう。
それがまた私の涙腺を刺激して、頭の中が本当にぐちゃぐちゃでめちゃくちゃで、こんがらがっちゃうんだ。


「全然これっぽっちも 大丈夫じゃ、ないのに、ッ」

「…ああ、」

「そんなことも言えない、なんて」


まるでまーくんのことが好きじゃないみたい。
思ったことは何だって口にしてきた私が、好きだから、信頼してるから何でも言えた私が、こんな簡単なことすら言えなくなるなんて。

頭の片隅では泣きたくないと思っているのに、まーくんのことが脳内の大部分を占めてるせいで、生まれてくる思考のすべてが私の涙腺を刺激する。


「…仕方ない奴だな、お前は」

「……う、」

「好きだから言えることもある。好きだから言えないこともある。ただ、それだけのことだろう?」


そう言った柳くんは、ぽんぽんと、規則的なペースで私の頭を撫で、背中をさする。
その手の動きも囁く声も、すべてがいつもの何倍も優しくて、温かくて。


「わかんないよ、馬鹿…っ」

「…馬鹿はどっちだ」


お前は本当に仕方がないな。
そう言って笑いながら、柳くんは強く強く私を抱き締めた。



  


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