そんな予感はしていた。
もしかしたらそうなんじゃないかと、心の中で思っていた。
だってこの人は、私にとっていとこというだけで、他の子からしたらただの一人の男でしかない。
惚れた腫れただとか淡い恋心だとか、そういう高校生らしいことの一つや二つくらい経験していてもおかしくないどころか、普通のことだとさえ思う。
けど、そういう話をするのは少し照れくさかったから。特に話せるほどの何かも私にはなかったから。
だから話題になることもなくて、想像するしかなかっただけで。まーくんにだってそういう過去があっても何も不思議じゃない。
そう、思ってた。
それでいいと、それが当たり前だと、ずっと思ってた。
けど、
「 そう、なんだ」
自分の想像をこえ、彼の口から事実を突き付けられて。
何だかそれがすごく寂しくて、まーくんが遠くに行ってしまったような気がして。
「……そう だったんだ、」
なぜか、すごく嫌だった。
「…びっくりした?」
「……した、かも。ちょっとだけ」
「ま、そういう話したことなかったしのう」
「…うん、」
だから私は戸惑っているのだろうか。嫌だったのだろうか。
もしもっと前から聞いていたとしたら、こんな気持ちにはならなかったのかな。
自分にいくら聞いてみても、答えなんてわからない。
「…あっでもな、付き合ってたって言っても2ヶ月くらいじゃし、高1ん時のことなんじゃ。そっからは芽衣子も見とったように、お互い友達に戻った感じじゃったし」
「…じゃあもう、昔のことって感じなんだね」
「ん。さっきだって別に普通に話しとっただけじゃし」
「そ、か」
必死なまーくんの様子、誤解という言葉の真意、自分の気持ち。
いろいろな感情や疑問が頭の中を埋め尽くして、ただまーくんの言葉に相槌を打つので精一杯になってしまう。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか。
まーくんは一歩私に近づいて、まるで子供と話をする時のように、目線を合わせるために屈んだ。
「…芽衣子?」
「え…うん、何?」
「大丈夫か?」
何が、とは聞かなかった。
まーくんも、何に対してかは言わなかった。
それはきっと、この数分間の間にお互いの間に生まれてしまった、妙な空気のせいで。
「 何、言ってんの」
「…は?」
「大丈夫かどうかなんて、聞くまでもないでしょ」
そう、聞くまでもない。
そして私には、言えるわけがなかった。
「私はまーくんのいとこなんだよ?大丈夫じゃないわけないでしょ、普通に」
本当は、大丈夫じゃない。
理由なんてまったくわからないけど、ただ一つはっきりとわかるのは、私はきっと大丈夫なんかじゃないということだった。
けどそれをまーくんに言ったからって、過去が変わるわけでもない。
きっと私の思いが一方的に晴れる代わりにまーくんが困るだけで、この事態に何か変化なんて起きないんだと思う、から。
そう拳を握りしめ、唇をグッと噛んだ時。
「…芽衣子ッ、」 ヴーッ
まーくんが私を呼ぶのと同時に、手にしたままだった携帯が震えた。
壊れかけた空気の中それを目にすれば、そこに表示されてたのは“柳蓮二”の文字。
数分前、私が送ったLINEへの返事だった。
そして私は、
「…あ、ごめん。私柳くんとちょっと約束してたんだ」
だからもう行くね。
何か言いたげなまーくんに気付かないふりをして、私は静かに踵を返す。
「……あ」
そういえば私、まーくんの携帯預かってたんだった。
そのことを思い出してポケットに手を突っ込んだ私が、取り出した携帯を彼に差し出せば。
「行かんで、芽衣子」
「…え、」
「柳んとこ、行かんで」
携帯を受け取ったまーくんは、そのままの流れで私の手首をやんわりとつかむ。
行かないでという言葉の割にその力はゆるくて、まるで私を傷つけないようにしているみたいだな、なんて。
そう思ったり、したんだけど。
「 ごめん、」
まーくんに手を引かれていれば、私はきっと怪我ひとつしないと思う。
けれどまーくんに手を引かれたままじゃ、私の心はきっと、傷つくんだと思う。
だから私は、してもいない柳くんとの約束のために、大好きなはずのまーくんの手を振り払った。