「勝ったぜ芽衣子ー!」

「知ってる」

「あああああすっげー悔しい!」

「お疲れ様、切原くん」


沸きに沸いたバスケの決勝戦は、私たち3Bの圧倒的な勝利――…つまり、私のクラスの優勝という形で終わった。
切原くんも頑張ってはいたんだけど…正直、手も足も出ていなかったっていうのが見ていた側としての感想だな。

そして今は、興奮冷めやらぬ様子の人々が胴上げだとか感涙だとかしている、試合終了数分後。
…申し訳ないけど、やっぱりこういう雰囲気というか、熱い空間は苦手である。
努力が格好悪いとか喜んでるのがアレとかではなく、単純に、私はそういうタイプじゃないのだ。

そしてそういう人間を少なくとも一人、私は知っているので。


「…あ、いた」


きっとどこかで涼んでるだろうから、お疲れ様って言いがてら、私のお茶でも渡そうかな。
そう思って体育館内をきょろきょろと見渡せば、これはまたずいぶんと端っこの方に一人で座っていた。もう、声くらいかけてくればいいのに。

そんなことを考えながら熱狂する輪を抜け彼の元へ向かい、ちょうどまーくんも私の姿に気付き立ち上がった時。


「仁王先輩!お疲れ様ですー!」


後ろから聞こえてきたそんな声に振り返れば、知らない女の子が私の横を通り過ぎ、まーくんに向かって駆け寄った。
その手にあるのは今買ってきたばかりであろう、水滴のせいでわずかにボトルが曇った水。
…私のやつは結構前に買ったやつだし、どうせ飲むなら冷たいやつの方がいいだろうな。これ良かったら飲んでください、とか言ってるし。


「……………」


―――とりあえず、静かな場所に行こう。
女の子の対応をしながらもこっちを気にするまーくんに“私のことは気にしないで”という意思を込め手を振り、一人てくてくと体育館を出る。
閉会式やら何やらをする時になったら誰かしらから連絡は来るだろうし、もし来なかったとしても閉会式に出る必要性とか感じないから別にいいや。

とにかく、この耳をつんざくような女の子たちの声が聞こえない場所に行きたい。
その一心で歩き続ける私は、まーくんの考えてることなど、これっぽっちもわかってなかった。










「…返事来ないな、」


体育館を出てしばらくした頃。
一人になりたいと体育館を出たものの、いざ一人になると暇だな…ということで柳くんにLINEを送ってみたのだけど、生徒会の仕事が終わっていないのか、返信はない。父親のくせに私を放っておいて何をしているのだろうか。


「……どうしよ、」


とりあえず静かな場所にはやってこれたけど、何せやることがない。
柳くんはどこにいるかわからないしジャッカルくんのところに行くってことはつまり体育館に戻るってことだし、本格的にやることがない。
ちんたら歩いてても疲れるだけだから、どっかでのんびり携帯でもいじるかな…と、思っていた私の背後から、


「ッ芽衣子!」

「え、」


なぜか、まーくんの声が聞こえてきた。
しかもめっちゃ走ってきてるし、一体何があったんだ。


「…どうしたの?」

「ッ、めっちゃ、探したんじゃけど、ッ」

「…何で?」

「芽衣子どっか行くけ、ッ」


何がどうして探されていたのかはわからないけど、用があったなら連絡してくれば良かったじゃん。
そう思いながら肩で息をするまーくんを眺めていると、試合前に携帯を預けられたことを思い出した。…よかった、口に出さなくて。


「……何で追いかけてきたの?っていうか女の子に声かけられてたじゃん、ほっぽってきたの?」

「ブン が、」

「…ブン太?」

「ブンが、俺が引き受けるから芽衣子んとこ行って来い、って」


何それ、どういうこと。
まーくんがわざわざ息を切らしてまで追いかけてきた理由も、ブン太がそこまでしてまーくんに私を追わせた理由も、何もかもわからない。


「俺、芽衣子に誤解されとうなくて」

「…誤解?」

「別に隠しとったわけじゃないんじゃ、ただタイミングなくて、…わざわざ言うことなのかって思ったり、して」


まーくんが私に何を伝えたいのか、誤解とは一体何のことなのか。
わけがわからないまま話が進められているような気がして、何だか少し、気持ちが悪い。


「…誤解って、何のこと?隠すとか隠さないとか、何の話してるの?」

「……ブンから、何も聞いとらんの?」

「いや、まーくんが何のことについて言ってるのかはよくわかんないけど…特に変わったことは、ブン太と話したりしてないよ」


私がそう言った瞬間、まーくんは視線を逸らして何事かを考えるような仕草をした。
どんなことを話したいのかはわからないけど、それって今じゃなきゃ駄目だったのだろうか。
一緒に住んでる私たちだ、ゆっくり話す時間なんていくらでもある。

なのにこんな、息が切れるほど走って、探して。
このまーくんがそこまでしてでも私に誤解されたくないことなんて、一刻も早く話しておきたいことなんて。
そんなものがあるのかと、そう問おうとした時。


「俺 な、」


それまで視線を逸らしていたまーくんが、何かはっきりとした意思を持ったような目で、射抜くように私を見て。



「三宅ちゃんと、付き合っとった」



まーくんが小さな声で呟いた瞬間、かき消すような歓声がどこかから聞こえてきた。
ジジジジジ、という忙しない蝉の鳴き声がした。

けれど、そのどれもがBGMにしか聞こえないくらいに、彼の声ははっきりと私の耳に届いた。
生ぬるい夏の風が、私の頬を撫でた。



  


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